2009年7月9日木曜日

アフガン人の死とマイケル・ジャクソンの死

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トムディスパッチ・コム 抗主流メディア毒・常備薬

トムディスパッチは、911後のわたしたちの世界をより深く理解し、帝国的な地球が現実にどのように動いているかを明確に認識したいと願う万民のためのメディア。サイト開設・編集者:トム・エンゲルハート、執筆者リスト、トムあてEメール・フォーム

200977日投稿

トムグラム: アフガン人は生きるに値すると認められているのか

原文: Tomgram: Are Afgan Lives Worth Anything

わたしたちの知らない(あるいは知ろうとしない)ことがわたしたちを傷つけるだろうか?

マイケル・ジャクソンの死を悼み、アフガン人の死を無視

――トム・エンゲルハート

あれは爆発だった。わたしの娘の結婚の話である。自分の子どもがあれほど幸せに見えることは、そう滅多にない。わたしはパーティ族ではないが、齢64歳の足を棒にして踊った。娘を式場へとエスコートしたとき、あるいは飲み食いしていたとき、あるいは友人らと語らっていたとき、あるいはただゆったり座って、若くて元気な人たちが楽しんでいるのを見つめていたとき、わたしは、アフガン人の結婚式のこと、“爆発”が比喩表現ではなく、花嫁、花婿、参列者たちが祝祭のさなかに命を落とすことを考えていたと言い張ることはできない。

だが、その後の2週間、そのことが――あるいはむしろ、わたしたちの世界が遠隔地の帝国戦争における民間人の死に関心を示していないことが――わたしの念頭にある。それもすべて、ジャーナリストのアナンド・ゴパルによる衝撃的な記事の一節がわたしをとりこにしたからだ。プログレッシヴ誌6月号の記事「アフガン人村落の絶滅」に、ゴパル記者は、彼が訪れた、東部のラグマン州のアフガン人村落、ガーロックについて書いている。破壊的な米軍による襲撃のあと、絶望した住民たちがひたすら荷をまとめ、追放の身となってアフガンやパキスタンの難民キャンプに向かったと、ゴパルは伝えている。

20088月のある夜明けがた、米軍ヘリがガーロックに降下して、6時間におよぶ襲撃が始まったと、ゴパルは書く――

「米軍は、彼らの去り際に銃撃があったと主張する。村人らはそれを否定する。それでも、米兵らが去ったあと、米軍爆撃機が村を急襲し、一軒の家屋に爆弾を落とした。それは、棒のようにやせしおれた老人、ハイジ・カディルが所有するものであり、彼は結婚祝賀会で40人以上の縁者をもてなしていた。爆弾は家屋を真っ二つにし、カディルの家族12人を含め、16人を殺害し、もっと多くのものを傷害した……マレク(首長)は州知事のもとに赴き、わが村民を保護するのだ、そうしなければわれわれは米軍に敵対することになると、断固として警告を言い渡した」

その一節がわたしの目を捉えたのは、200111月にブッシュ政権がアフガニスタンを侵略してからこのかた、アメリカの軍事行動によって、全体的に、あるいは部分的に破壊された結婚祝賀会の記録を試みてきた者としては、わたしの知るかぎり、わたしが米国で唯一の人間であるからだ。わたしの計算では、ガーロックからのゴパルの報告をもって、その数は5件になる(うち、明確な文書記録に残されたものは3件のみ)。

最初のものは、侵略した年の12月、別のアフガン人の小村落で起こったものであり、報道によれば、爆撃機B-521機およびB-1B2機が精密誘導兵器を使って、祝宴の112人のうちの110人を殺してしまった。2004年には、結婚祝賀会が――米軍機により――やはりズタズタにされたできごとが少なくとも1件、シリア国境の近くであった。その大量殺戮(さつりく)の直後、アメリカの将軍がメディアの質問に対して「一番近くの文明から80マイル離れて結婚式を催すために……砂漠の真ん中に何人の人が行くだろうか?」と問い返した。後ほど、アメリカの別の将軍が、事故が認定されたのを受けて、「なんらかのタイプの祝祭が行われていたかって?……確かに。悪者どもが祝いをやっている」と言った。これにて、一件落着。

おそらく、アフガニスタンにおけるほぼ8年間の戦争に照らして、結婚祝賀会の犠牲の数は穏当であるように思えるかもしれない。1年に1件にも満たないのだ! だが、その数をよしとして、明らかに少ないのだから、この国ではニュースの大見出しの値打ちがないと思う前に、そのように信じる理由がないことを忘れないでおこう――

*わたしは、アフガンの結婚式殺戮にたまたま言及している英文記事をすべて見た――たとえば、ゴパルが書いた事件は、他には報じられていない。

*他の結婚式殺戮は、わたしの読める言語では記録されていない。

*パシュトゥーン族の住む農村僻地では、結婚祝賀会に対する米軍の攻撃がまったくニュースになっていないかもしれない。

じっさい、婚礼――30年間にわたり、祝い事がほとんどなかったアフガン人の世界では稀な祝祭のとき――が米軍機や急襲部隊に襲われたことが何件あるのか、誰にもわからない。

過去の頁を閉じる

オバマ政権が発足し、新大統領がアフガン戦争のアメリカ側のチップを倍賭けしたあと、評論界で(また軍部内ですら)アフガニスタンが「帝国の墓場」になるのではないかという懸念の声がある程度あがった。もちろん、米国がまさにそのような帝国であるとはワシントンのだれも思ってはいなくて、ただわが国が過去の帝国の運命に苦しむのではないかというのである。

だが、結婚祝賀会に限っていえば、この前のアフガンの墓石に葬られた帝国との相似点がいくつか浮かび上がってくる。ソ連は、もちろん、いま米国が戦っているイスラム聖戦士そのものに敗北を喫した。CIA、サウジアラビア、それにパキスタン情報局による寛大な援助のおかげである。1989年、ソ連は敗北のうちに同国から撤退し、1991年に本国が絶壁を転げ落ちた。回数や頻度は知りようもないが、偶然にも、ロシア人たちもまた明らかにアフガン人の結婚祝賀会を粉砕するのを常習にしていた。

クリスチャン・キャリルは、先日、ワシントン・マンスリー誌のソヴィエト=アフガン戦争に関する本の書評に次のように書いた――

「ソヴィエトの一兵士は、彼の部隊が“ムジャヒディン〔イスラム戦士〕隊列”と認めた集団に発砲した1987年のできごとを回想する。まもなくロシア人たちは、村から村へと移動する結婚祝賀集団を殺戮してしまったことに気づいた――まさしく予想どおりに、地域内の赤軍に対する一連の襲撃を招いた大失策だった。今日、同国内における欧米勢力の政治問題の主要な原因とひとつにしばしばあげられている“巻き添え被害”の影響を押さえ込もうと苦闘している米国やNATOの指導部(およびアフガン政府高官)にとって、これは、疑いなくうんざりするほどお馴染みのものである」

ところで、わたしに、結婚祝賀会に対置されるあの陰気な儀式、葬儀に言及させないでほしい。わたしですら数えてはいないが、アフガニスタンで、米国とその同盟軍が葬礼を粉砕していないというわけではない(また最近では、パキスタンでもCIAの無人航空機によってそうしている)。

ひとりの男の死を巡って、ほぼ2週間、米国(および世界の)メディアが暴走し、その間、たとえばNBCは、マイケル・ジャクソンの死にすぎない――わたしはあえて「すぎない」と言う――報道に、プアリムタイムの30分間ニュース番組のうちの5分間を除く全部を割りふり、合州国の大統領がジャクソン・ファミリーに哀悼の書状を送り(そしてもっと素早く動くべきだったと非難され)、160万人の人たちが追悼式の無料チケット17000枚の抽選に登録し……はて、どうして延々と続ける必要があるのだろう? サバイバー〔TVの生き残りゲーム番組〕の次回シリーズで孤軍奮闘しているのでなければ、あるいはなぜかTVなしで、またはその他の現代通信手段も抜きでいるのでなければ、その続きを避けて通れない。

(つい最近までメディアに指弾されていた)マイケル・ジャクソンが死んだことを知らずにいるためには、必死の努力が必要であり、近年、アフガニスタンでわが国が次々と結婚祝賀会を粉砕してきたことを知るためには、同じように必死の努力が必要なのだ。ありふれた死――ジャクソンの――は、ほんとうはわたしたちとたいした関わりがない。他方の死は、アメリカ国民が支持し、あるいは続行を阻止しなかった終わりのない戦争の一部として、わたしたちの責任であり、あるいはそうあるべきものなのだ。それなのに、一方は声高な世界のビッグニュースであり、他方は気づかれないままである。

みなさんは、じっさいのところ、どこかに小さな記事の余地があるかもしれないと思われるかもしれない。花嫁、花婿、縁者、祝い客は、不必要な災難の見返りに、少なくとも新聞の穏当な共同告知欄やどこかプライム・タイムのニュース番組の報道に値するのではないだろうか? みなさんは、大統領かワシントンの高官が誰かにお悔み状を送っている、わが国の爆弾やミサイルで死亡したアフガン人の家族に遺憾の意を表明するのが遅いという批判の波が高まっているかもしれないとお考えかもしれない。 

だが、真実はこうだ。アフガン人の命のこととなれば――とりわけ、正しくても正しくなくても、わたしたちの安全に関わっていると考える場合――5つの結婚祝賀会、または50名の命、2つの葬儀、または20名の命が粉砕されても、問題ではない。わが国のメディアは、特定の形態の非人道的行為――テロに対するではなく、テロの、またテロのための戦争であってきたアフガニスタンに対する米軍の航空戦――にはほんとうの注目を向けるつもりがない。

いま、わたしたちはアフガニスタンで新時代――オバマの時代――を迎えている。戦争に突入してから7年半以上たち、ほんとうのアメリカのやりかたで、わたしたちは過去の頁を閉じ、なにひとつ起こっていなかった振りをし、今度は“正しく”やる用意ができている。ついに、わたしたちはアフガン人を私たちの味方にするのだ。

わたしたちには、領地に撤退し、新規巻き直しをする準備ができている。いま米軍はアフガニスタンのパシュトゥーン族(そしてタリバン)地域へと大挙して南進し、米軍司令官たち――新しい将軍たちの大集団――は、新しい脚本によって全員一致の言葉を話している。すべては、最近、新しいアフガン司令官、スタンリー・A・マックリスタル将軍議会証言で語った「全体的対ゲリラ活動作戦」の実行に関することである。すべては、「人心掌握」に関することである(もっとも、いまだにその古いヴェトナム戦時代の表現を蘇らせなければならないが)。彼らが言うには、すべては、タリバンのゲリラを殺すことよりもむしろ「民間人の防護」に関することである。すべては、ただ着地し、ドアを蹴破り、離陸するだけでなく、形作り、浄化し、保持し、建設することに関することである。すべては、新しい「交戦規則」に関することであり、それは、航空戦は制限され、民間人に危険がおよぶことが予想される場合、(ゲリラが逃げることになっても)タリバンに対する攻撃は抑制、または中止になると謳っている。すべては、これまでの戦争の流れを反転すること、空襲や襲撃による民間人の犠牲が大勢のアフガン人を米=NATO軍部隊の敵対者の側に追いやったという事実に関することである。

たったいま南進中の海兵隊の司令官、ラリー・ニコルソン准将が象徴的にこう語った――

「われわれがここにいる理由が必ずしも敵の存在でないことを、われわれが理解しているとはっきりさせる必要がある。アル=アンバル州(イラク)の戦争で勝ち、アル=アンバルの戦争を変えたのは、敵がついに戦いにうんざりしたためではない。人びとがどっちに付くかを選び、わが方を選んだからだ……われわれはあの家を包囲し、待つ。理由はこうだ。その家を倒し、その屋内に一人の女性、一人の子ども、一家族がいれば――20名のタリバンを殺すだろうが、その女、あるいは子どもを殺すことによって、集落を失うことになる。君は、彼らには死人も同然。おしまいだ」

命の価値

しかし、あにはからんや、過去は問題になる――また、チップ支払いがない場合、アメリカ人にとってアフガン人の命は1セント銅貨の値打ちもないこと(これは結婚祝賀会抹消の記録が示していること)、これも銘記しておこう。

かつてのヴェトナム戦時代、ウィリアム・ウエストモアランド将軍は、ピーター・デイヴィス監督のオスカー賞映画“ハーツ・アンド・マインヅ――真実のプラトーン”のインタビューで、次のような有名なせりふを語っている――「東洋人は西洋人のような高い値段を命につけません。命は豊富にあります。東洋で命は安価なのです」

その当時の歳月、アメリカには、デイヴィスも含め、ヴェトナム人の命はアメリカ人の命と同じ価値があるときわめて公然と主張した人が大勢いた。アフガン戦争の歳月、アメリカ人――わが国のメディア、それにまた相対的に沈黙している公衆――は、ウエストモアランドの言葉を、戦い方であるとともに生き方としてしまった。人がそのような生き方を気取るから、たいがいのアメリカ人はアフガニスタンにおける戦争は自分たちと関係がないという振りをすることができたのだ――そして、マイケル・ジャクソンの死は、すべてなのだ。

彼が死ねば、わたしたちの世界は発狂する。アフガン人の結婚祝賀会、その5つが地球の表面から抹消されても、肩をすくめるのさえわずらわしい。

では、ここで質問。わたしたちの知らないこと(または知るつもりのないこと)が、わたしたちを傷つけるだろうか? イエスとノーのどちらの方が、より気落ちする答えであるか、わたしには判然としない。たまたまだが、いずれにしろわたしはその質問の答えを持ち合わせていない。あるのは、ちょっとした忠言のみである――それも、わたしたちに向けたものではなく、アフガン人に向けたものだ。マックリスタル将軍や他の軍最高幹部が言うように、アフガン戦争とそれが国境を越えてパキスタンに飛び火する戦争とが、さらに3年、4年、5年、あるいはもっと長く続くとすれば、わが国がどのような筋書きでやろうとも、わが国がなにを言おうとも、うそ偽りなく、われわれは航空機のなかでわめくことになる。だから、わたしがあなた方なら、金輪際、集団としては、公然の場では、結婚を祝うつもりがないし、わたしの死者を、非常に、非常に密かに埋葬する。

あなた方が集合すれば、結局、われわれが登場する。

〔筆者〕トム・エンゲルハートは、アメリカ帝国プロジェクトの共同創設者、ネーション研究所度無ディスパッチ・コムの主催者。冷戦およびその後の歴史を扱うThe End of Victory Culture〔日〕、小説The Last Days of Publishing〔日〕の著者。狂気のブッシュ時代の反体制的な歴史書The World According to TomDispatch: America in the New Age of Empire〔日〕(Verso, 2008)の編者。

(注:わたしは、"The Wedding Crashers: A Short Till-Death-Do-Us-Part History of Bush's Wars" (20087)において、過去のアフガンの結婚式殺戮について、できるだけ総括的に書いている。もっとお読みになりたいなら、トム・ディスパッチに次のような関連記事がある――"Slaughter, Lies, and Video in Afghanistan" (20089), "What Price Slaughter?" (20075), "The Billion-Dollar Gravestone" (20065), "Catch 2,200: 9 Propositions on the U.S. Air War for Terror" (20065)、および元米国外交官ジョン・ブラウンの"Our Indian Wars Are Not Over Yet"(January 2006)。映画製作者ロバート・グリーンウォルドのウエブサイトRethink Afghanistanもどうぞ)

原文: Tomgram: Are Afgan Lives Worth Anything

Copyright 2009 Tom Engelhardt

2009年7月6日月曜日

帝国と付き合う方法

希望と変革の星、バラク・オバマが大統領になっても、軍事大国アメリカの帝国的な本質にはさほどの変化はないようです。本稿では、論客チャルマーズ・ジョンソンが米軍基地を受け容れている国ぐにに対して現実的な知恵を示します。これはもちろん、膨大な軍事基地をかかえるわが国にとっても無縁の話しではなく、とりわけ総選挙を目前に控えたいま、わたしたちにひとつの視点を与えてくれるでしょう。ゆいま

凡例: (原注)〔訳注〕 

〔日〕日本語サイト 〔画〕画像リンク 

その他のリンクは英語サイト

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トムディスパッチ・コム 抗主流メディア毒・常備薬

トムディスパッチは、911後のわたしたちの世界をより深く理解し、帝国的な地球が現実にどのように動いているかを明確に認識したいと願う万民のためのメディア。サイト開設・編集者:トム・エンゲルハート、執筆者リスト、トムあてEメール・フォーム

原文200972日投稿

トムグラム:

チャルマーズ・ジョンソン、根拠のない出費を語る

〔トム・エンゲルハートによるまえがき〕

アメリカの肥大症を競うレースに、ツノウサギ画〕jackalope=架空動物、シカの角を生やしたウサギ〕に跨ったカウボーイや貨車に平積みした巨大果実画〕の絵葉書と並んで、まったく新規なエントリーがある。パキスタンはイスラマバードに建設される米国大使館合同庁舎がそれだ。なにしろ――このようなプロジェクトの正常な予算超過を考えてみよう――10億ドルに迫るという代物である。これで米国が帝国的傲慢レースにおいて未来永劫の覇者にならないとすれば、どの国がなるのだろう? 疑問はこうだ――「大規模な軍事・諜報派遣隊」が計画され、外交官が「増派」されるにしても、その大使館は地球上最大のビザの発給もするのだろうか?

奇妙なことがある。大使館の話しはマックラッチー・ニュースの優秀な記者たち(今回は、ウォーレン・P・ストローベルとサイード・シャー)が5月の末明かした。両記者は、大使館建設予算の73600万ドルが上下両院でだれの苦言を受けることもなく粛々と通ったと両記者は伝えたが、これはクリスチャン・サイエンス・モニター紙上でシャーが報道した「アフガニスタンとパキスタンにおける米国の外交的存在感の修復」に驚愕の推計20億ドル割り増しの値札」の一部である。けれど、このニュースは深い沈黙の井戸に落ちこんだようである。オバマ政権がこのような帝国規模の巨大施設の建設を決定したことは、わが国がAf-Pak(アフガニスタン=パキスタン)戦域で戦線を拡大し、より長期にわたって関与していくことを示しているが、あきらかにだれもこれに関心を向けていない。

この報道は広く話題にされたり重視されたりはしなかった。メジャー報道機関がパキスタン駐在スタッフを増強してきたという事実にもかかわらず、予算割り当てや大使館計画、あるいはそうしたものが意味するかもしれないことに対する追跡報道は見当たらない。わたしに言えるかぎりでは、米国中、どこの主流メディア社説面も、ことのなりゆきを非難したり疑ったりしていないし、議論すらしていない。チャーリー・ローズ〔公共放送ネットワークPBSインタビュー番組司会者〕はこれを考察するために専門家を招集しなかったし、ジム・レーラーのニュースアワー〔やはりPBSの全米ニュース番組〕もこれを追及に値しないと考えているようだ。喉から手が出るほど欲しい資金がイスラマバードに流れると人たちの怒りの手紙も地方新聞に寄せられなかった(たぶん、ごくわずかの人しかなにが起こっているのか知らなかったせいであり、記事を見た人も、危険に満ちた世界で米国を安全にすることについての退屈な報道のひとつにすぎないと思ったせいであろう)。わたしは資金の承認に明白に反対する議員の企てをまったく見ていない。一般的な態度は明らかにこうだ――現地に行って、任務を果たした(実際には、ブッシュ時代にイラクついて言われたこと)。

1兆ドル近くの企業救済が当然とされる世界では、大使館要塞に使われる10億のたったの4分の3はたかだか雀の涙ほど、デモクラシ・ナウ!だけが重要だと考える類いのニュースであると思える。幸いなことに、米軍海外基地の専門家にして報復シリーズ三部作の著者、チャルマーズ・ジョンソン日〕が気づき、その重要性を理解し、彼の照準に捉えた。(基地の帝国に関するジョンソンのトムディスパッチ音声インタビューをどうぞ:MP3 ファイル) トム

アメリカの基地帝国に対処する方法

米軍基地受入国のためのささやかな提案

――チャルマーズ・ジョンソン

米基地帝国は――もとより年間1020億ドルに達するという世界で最も高価な軍事活動であるが――さらにうんと高くつくものになった。手始めに、527日、わたしたちは国務省がパキスタンのイスラマバードに新しい“大使館”を建設することを知った。その建設費73600万ドルは、超過費用が発生しないとすれば、ブッシュ政権がバグダッドに造ったヴァチカン市国サイズのものにたかだか400万ドル足りないだけ、史上2番目の額である。国務省はまた、領事館および職員の居住用に使うため、アフガニスタン国境近くのペシャワールにある五つ星ホテル、パール・コンティネンタルを購入すると報じられている。

このような計画にとって由々しきことに、69日、パキスタン人武装勢力が爆発物を満載したそのトラックをそのホテルに突っ込ませ、宿泊客18名を殺害し、少なくとも55名の負傷者を出し、ビルの一翼全体を破壊した。その後、それでも国務省が購入を進めているかどうかについて、報道はない。

これらの建物のどちらも純然たる大使・領事館――つまり、現地の人たちがビザを申請しに訪れ、アメリカ人職員が母国の商業的・外交的利益を代表する場所――として設計されていないというのに、また経費がどれほどかかることになっても、それはわが国のすでに膨れ上がっている軍事予算に含まれていない。それどころか、これらのいわゆる大使・領事館は、じっさいには壁で囲まれた複合施設、中世風の要塞の同類になろうとしており、そこではアメリカのスパイ、軍人、諜報部員、外交官たちが戦争地域の敵対住民に監視の目を向けることになる。これらの施設が大規模な海兵隊派遣軍を収容し、迅速な脱出のために屋上ヘリ発着場を備えることは確実に予言できる。

危険な場所で仕える国務省公務員たちがなんらかの物理的手段で防護されることになると知れば、心強いだろうが、彼らの目に、また彼らの任地の国ぐにの人びとの目に、彼らが公然たるアメリカの帝国的存在感の目に見える部分になることもまた歴然とするはずである。わが国の基地に似た大使館がどれほど厳重に防御されていても、米国を攻撃する武装勢力がそれを大規模軍事基地よりも攻撃しやすい標的であると気づいても驚くことはない。

では、地球上いたるところに――いま他の人びとの国ぐにの800か所に迫って――散在する軍事基地に対して、なにが行われているのだろう? 議会とオバマ政権が、銀行救済、新しい医療計画、汚染抑制のためのコストや、他の切に求められている国内支出を巡って論争している一方で、これら不人気で高価な帝国領有地のいくつかを閉鎖するのは、いくばくかの金を節約する良策であると提案する人はいない。

それどころか、明らかに軍事基地はさらに金のかかるものになろうとしている。中央アジアの元ソヴィエト共和国、キルギスタンはかつての20092月に米軍をマナス空軍基地(2001からアフガン戦争の兵站集結地として使用)から追い出すと宣言していたが、623日、駐留継続の説得を受け入れたことがわかった。だが、獲物は次のとおりだ。わが国に供与する好意の見返りに、ワシントンが支払う基地使用料は年間1740万ドルから6000万ドルへと3倍以上に増額され、空港施設改善の約束、その他の財政面での甘い餌に何百万ドルもの金が使われることになる。これはすべて、オバマ政権が地域の戦争を広域化する姿勢を鮮明にし、この基地がアフガニスタンへの兵站物資の貯蔵・中継地として必要であると確信しているためである。

アメリカ人がやはり不人気な占領者である他の国ぐにで、このなりゆきが気づかれないままであるとするのは疑わしい。たとえば、エクアドル人は本年11月までにマンタ空軍基地から出ていくようにとわが国に通告した。コロンビアとペルーでアメリカ兵がうろついているのをエクアドル人が嫌っているという事実を言うまでもなく、もちろん、彼らには考慮すべきプライドがある。それでも、彼らはもっと多くの当座の金を使うこともできただろう。

では、57年以上にわたり、自国内に米軍基地を置いておくために大金を支払ってきた日本人らはどうだろうか? 最近、日本政府はワシントンと、在沖縄基地の米軍海兵隊の一部を米領グアムへ移すという合意に達した。しかしながら、交渉過程において、日本政府は海兵隊の転出経費だけでなく、グアム転入のために新しい施設を建設するための費用までも負担することを強いられた。いま日本政府がキルギスタン政府の範にならって、アメリカ人に出て行ってくれと言い渡し、その費用は自分持ちだと告げることは可能だろうか? あるいは、少なくとも日本政府が、(1か月に2件の割合で)日本女性をレイプし、沖縄にある38の米軍基地の近くに住む人びとみなの暮らしを惨めにしている、その米軍要員のために金を出すのをやめるようなことがあるだろうか? これこそ確かに、1945年にわが国が登場して以来、沖縄人が願い、祈ってきたことなのだ。

実は、わたしには、自国内の米軍駐留に少しばかりうんざりしている他国の人びとに向けた提案がある。手遅れになる前に、いま米軍駐留を金にするのである。要求を吊り上げるなり、アメリカ人に出ていくように言うなりするのである。わたしは、遠からず米軍基地帝国がわが国を破産させると確信しているので、このような行動をお勧めするのだ。だから、あなたが投資家であるなら――金融バブルやマルチ商法のひそみにならって――できるうちに金を手にした方がよい。

これは、もちろん、中国その他の米国債融資国に起こったことである。まだ大量に保有しているドルを暴落させないように、国債をひそかに時間をかけて現金化しただけの話しだ。だが、間違えてはならない。わが国の出血が急激であっても緩慢であっても、わが国は血を流しているのであり、わが国の軍事帝国、およびそれに付随する基地のすべてに執着するなら、究極的に、わたしたちの知るような米国の終焉が宣告されるであろう。

上記の理由により、これから何十年か先に海外を旅する未来の世代のアメリカ人は、10億ドルに迫る“大使館”があちこちにある光景を目にしないであろう。

アメリカ帝国の悲劇〔筆者〕チャルマーズ・ジョンソンは報復三部作――『アメリカ帝国への報復日〕』(2000年)、『アメリカ帝国の悲劇日〕』(2004年)、“Nemesis日〕”(2006年)、原書はすべてメトロポリタン・ブックス刊――の著者。米軍基地帝国に関するジョンソンのトムディスパッチ音声インタビュー:MP3 ファイル

〔原文〕Tomgram: Chalmers Johnson, Baseless Expenditures

Copyright 2009 Chalmers Johnson