ポン
久しぶりだね。ずいぶん前、新しいミレニアムを迎えるころのポンのことば「なにがあっても、驚くな」をふと思いだして、便りを書くことにした。
だけど、今度だけは心底から驚いた。その昔、スリーマイル・アイランド事故のときも、チェルノブイリ核災害のときも驚いたし、深刻にも受け止めていたが、どこか遠い土地のできごと、対岸の火事という気持ちもあった。だが、今回のフクシマ311原発震災は、当地・
奄美・枝手久闘争のさなか、徳之島MAT計画の発覚が、ポンやぼくたちの原発問題を学ぶきっかけになったが、いまになって改めてぼくは身近でリアルな放射能汚染や被曝地棄民政策との闘いの現場に身を置くことになった。
ここ
さて、奄美の清らかな海岸や野山で神話的現在を生きる感覚を養ったが、いままた、もっとダークではあるが神話的現在を生きる羽目になったようだ。ぼくの闘いは、孤立した若い母親たちに微力をささげること。たとえば、ぼくのAA仲間、ある女性が、子どもを保育園に行かせるのを怖がったが、両親には怪訝がられ、母親仲間からは笑われていた。ここにぼくの働き場所がある。そしてみずから学び、情報と知識を武器として原発複合勢力に挑むこと。仲間たちのネットワーク構築の一助になること。
フクシマ311震災現場がいつ終息するのか、先行きはまだ見えないように、ぼくたちの展望もまだ不透明だ。だが、あきらめずに挑みつづけてゆくこと、これだけが暗闇のなかに希望を求める道。
この闘いのためにTwitterのIDを取得した。ポンのいる場所でもネットにつながるなら、覗いてみてほしいものだ。
Twitter ID: yuima21c
それでは、また。
(注)本稿は、『ポン(山田塊也)追悼掲示板』サイトに投稿したもの。