2012年3月19日月曜日

W・ジェームズ『人それぞれの信仰体験』 第4、5講: 健全な精神の信仰

凡例: [原注] 〔訳注〕  リンク: 目次
第四・五講
健全な精神の信仰
LECTURES IV AND V(原文サイト)
THE RELIGION OF HEALTHYMINDEDNESS
幸福が人間の主な関心事――“一度生まれ”人格と“二度生まれ”人格――ウォルト・ホイットマン――ギリシャ人の感覚の混じりあった性質――意図による健全なる精神――健全なる精神の合理性――リベラルなキリスト教がそれを示す――通俗科学が鼓舞する楽観主義――“精神療法”運動――その信条――事例――その悪に対する教義――そのルター派神学との類似――リラクセーションによる救済――その手法:暗示――瞑想――“黙想”――検証――宇宙に対するありうる適応の枠組みの多様性――付録:二件の精神療法事例
わたしたちが「人間生活の主要な関心事はなんですか?」と問われるなら、答のひとつは「幸福」になるはずです。幸福を得る手立て、保つ手立て、回復する手立て――これは、あらゆる時代のたいがいの人にとって、事実上、すべての行為や、どんなことでも耐える意思の裏に秘められた動機になっています。倫理学の快楽主義派は、さまざまな行為がもたらす幸・不幸の経験によってあらゆることを説明しますし、また道徳生活よりも宗教生活ではなおさら、幸か不幸かが関心の駆けめぐる両極になるように思えます。先日、引用した著者に同調して、いかなる長持ちする熱中も、それはそれとして宗教であるとまでいったり、単なる笑いが宗教的な営みであるといったりする必要はありませんが、いかなる持続的な楽しみであれ、とても幸せなありかたの賜物(たまもの)を感謝して賛美する類いの宗教を生みだすかもしれないことは認めなければなりませんし、ありのままの生活の当初の賜物が、おのずからしばしば実証されているように不幸なものである場合、宗教を体験するもっと複雑な道が、幸福をもたらす新しい方法、超自然的な類いの幸福にいたる、すばらしい内面的な道であることもまた認めなければなりません。
宗教と幸福のこのような関係を考えると、人は宗教的な信念がもたらす幸福をその真実であることの証明とみなすようになるのも、たぶん驚くにはあたりません。信条が人に幸せだと感じさせるなら、その人はほぼ必然的にそれを受け容れます。そのような信念は真実であるはずだ。したがって、これは真実なのだ――正しいかまちがっているかはともかく、こういうのが世の人の用いる宗教論理の“直覚推理”のひとつなのです。
あるドイツ系著述家はこういいます――
「神の霊の間近な存在は、その実在のうちに体験されるだろう――ほんとうに体験されるだけなのである。霊が存在すること、身近にあることを体験したことのある人に反論の余地なく明白になるしるしは、完全に比類のない幸福感であり、それは身近にあることと関連していて、したがって、わたしたちがこの地上にあってもつことが可能であり、全面的に妥当な感覚であるばかりではなく、神の実在の最良不可欠な証拠にもなる。これに等しく確実な証拠は他になく、したがって、幸福は、あらゆる有効な新しい神学の出発点になるべきである」[31]
 [31] 幸福論 C. Hilty: Gluck, dritter Theil, 1900, p. 18.
この時間では、単純な種類の宗教的幸福の考察にみなさんをお誘いすることとし、もっと複雑なものは後日に扱うことにします。
多くの人にとって、幸福は先天的なもの、かけがえのないものです。彼らにとって、“宇宙感情”は必然的に熱狂と自由の形をとります。わたしは動物的に幸福である人たちのことだけをいっているのではありません。不幸を押しつけられたり突きつけられたりすると、まるで卑しく不当なものであるかのように、それを感じるのを決然と拒む人たちのことをいっているのです。そういう人たちはいつの時代にもいて、自分自身の状況の辛酸にもかかわらず、生まれ落ちた社会の神学の辛辣(しんらつ)さにもかかわらず、善なる人生の感覚に熱情的にわが身を預けています。発端から、彼らの宗教は聖なるものとの和合のそれです。初期キリスト教徒たちが熱狂騒ぎの放縦(ほうじゅう)ゆえにローマ人に糾弾されたのとまさしく同じように、改革以前の異端者たちは無律法主義的なふるまいゆえに教会の物書きらから口を極めて弾劾されました。相当数の人びとが、人生を悪と考えるのを熟考したうえで拒むことを理想とし、公に、あるいは隠密に教派を結成し、あらゆるありのままのことが許されていると主張する、そのようなことがなかった世紀はひとつとしてなかった、これはありうることです。聖アウグスティヌスAurelius Augustinus354-430)神学者・哲学者・説教者〕箴言(しんげん)、(神を)愛するなら、思うようにふるまってよい――Dilige et quod vis fac――は、いまなお含みのある言葉ですが、旧来の道徳の限界を超えるパスポートを携えた、そのような人たちにとって、道徳的にこのうえなく意味深い言葉のひとつです。彼らは、それぞれの性格によって洗練されていたり粗野だったりしていました。が、いつの時代でも、彼らの信念はじゅうぶんに意図的であり、確かな宗教的態度が備わりました。彼らにとって、神は自由の贈り主であり、悪の痛みは克服されました。聖フランチェスコFrancesco d'Assisi 1182-1226)フランシスコ会の創設者〕とその直弟子たちは、総じて、この精神の一門であり、これにはもちろん限りなく多種多様な流れがあります。著作初期のころのルソーJean-Jacques Rousseau1712-78)スイス生まれの哲学者・政治哲学者・教育思想家・作家・作曲家〕ディロドDenis Diderot1713- 84年)フランスの啓蒙思想家・作家〕B・ド=サンピエールJacques-Henri Bernardin de Saint-Pierre1737-1814)フランスの作家・植物学者〕、それに一八世紀の反キリスト教運動の多くの指導者たちは、この楽天家タイプの人たちでした。彼らの影響力は、自然を相応に信頼しさえすれば、自然は絶対的に善であるという彼らの感覚の正統性に負っていました。
わたしたちみな、なんらかの友人、たぶんたいがいの場合、男性的であるよりも女性的、年寄りであるよりも若者、魂がこの青空の色合いをたたえ、好みは暗い人間の受難ではなく、花々や鳥たちやあらゆる魅惑的な純粋さ、人間や神の悪を思わず、宗教的な喜びがもともと備わっていて、もとよりの重荷からの解放の必要がない、そういう友人をもっているのが望ましいのです。
フランシス・W・ニューマンFrancis William Newman1805-97)英国の多芸文筆家〕は、一度生まれを次のように説明します――
「神は、二系統の子どもたち、一度生まれと二度生まれをこの地上にお持ちである[32]。この人たちは神を厳格な審判者、荘厳な支配者としては見ない。彼らは神を慈悲深く親切で純粋であると同時に、寛大で美しく調和した世界の生気を吹きこむ霊であると見る。この性格の人たちは、がいして抽象的な思考を好まない。彼らは自己を省みない。だから、みずからが未熟であるとしても苦しまない。それでも、彼らを独りよがりと決めつけるのは、ばかげているだろう。というのも、およそ自己についてまったく考えないからだ。この天性的な子どもっぽい性格のおかげで、彼らにとって宗教の門戸は非常に幸せなものになる。というのも、親が皇帝の前で(ふる)えても、子どもはひるまないものだが、それ以上に神にひるむことがないからだ。じっさい、厳格な神の威光をなす性質のいずれについても、彼らははっきりした概念をもっていない[33]。彼らは、混沌とした人間世界のなかにではなく、ロマンチックで調和した自然のなかに神の性格を読みとる。人間の罪について、おそらく彼らはみずからの心中にはほとんど知らず、世界のなかでもそれほど多く知ってはいない。人間の苦難は、彼らを優しさのなかに溶けこますだけである。このように彼らが神に近づくとき、内心の動揺は起こらない。いまだに霊的になっていないので、彼らの単純な礼拝にはいくらかの自己満足、それにおそらくはロマンチックな興奮の感覚がある」
[32] The Soul; its Sorrows and its Aspirations, 3d edition, 1852, pp. 89, 91.
[33]
わたしは、ある女性が「いつも神に寄り添うことができる」と考えてえられる楽しみについて語るのを聞いたことがある。
ローマ・カトリック教会のほうがこのような性格が育つのにより好都合な土壌があって、プロテスタントでは、どうしようもなく悲観的な系列の精神が感じかたの流れを決めています。だが、プロテスタント教会にさえも、こういう性格はたっぷりあります。また、最近のユニテリアン〔*〕“自由主義”運動や信教自由主義一般では、この系統の精神が先導的で建設的な役割を担ってきましたし、いまも担っています。エマーソンRalph Waldo Emerson1803-82)米国の思想家・詩人、超越主義を主導〕その人が賞賛に値する一例です。セオドア・パーカーTheodore Parker1810-60)米国の超越主義者。ユニテリアン教会牧師〕もその例です。パーカーの書簡[34]から持ち味のある文節をふたつ読んでみましょう――
*三位一体の教義を排し、神の唯一性を説き、キリストの神としての超越性を否定する。個人の信仰の自由や宗教における理性の活用を容認する。
[34] John Weiss: Life of Theodore Parker, i. 152, 32.
「正統派の学者らは、『異教徒の古典には、罪の意識が見当たらない』という。まことにそのとおり――神は誉められるかな。異教徒は、怒り、残酷や貪欲、酔っ払い、肉欲や怠惰、臆病、その他の現実的な悪を意識し、苦闘し、堕落を取り除いたが、“神に対する反感”を意識しなかったし、座りこんでは、存在しない悪に対して泣き言をいったり、不満の声をあげたりはしなかった。わたしは人生で間違ったことをたっぷりしてきたし、いまもしている。的を外しては、弓を引いて、やりなおす。だが、神を、あるいは人間を、あるいは正義を、あるいは愛を憎んでいるとは意識しないし、“わたしのうちなる健全さ”がたっぷりあり、わたしの体内には、肺病と聖パウロが宿るにもかかわらず、いまでさえ、善きものがたくさん宿っていると知っている」。
もう一通の手紙にパーカーは次のように書いています――
「わたしは、生涯、きれいで心地よい水域を泳いできた。ときには少しばかり冷たく、逆流になり、いくらか荒れることもあったが、強すぎて突き進んで泳ぎきることができないということはなかった。草地をよちよち歩いていたほんの幼少のころから……いまの(ひげ)が灰色の男盛りになるまで、記憶というミツバチの巣には蜜が残されているばかりであり、わたしはそれを目下の楽しみの糧にしている。歳月を振り返ると……かくも小さなものごとが死すべき者をかくも甚だしく豊かにできるものだと思い、甘美さと驚異の感じでわたしは満たされる。だが、告白しなければならないが、わたしの喜びの最大の中核には信仰がある」
まっすぐ自然に発達し、病的な悔恨や危機の要素のない“一度生まれ”タイプ意識の表現の好例がもうひとつ、スターバック博士のアンケート回状のひとつに対するユニテリアン説教師にして作家、エドワード・エヴァレット・ヘイル博士〔Edward Everett Hale1822-1909)〕の回答にあります。一部を引用してみます――
「宗教的な苦闘が英雄の造形にほとんど不可欠であるかのように多くの伝記に書きこまれているのを見て、わたしははなはだ残念に思う。わたしのように、宗教が単純で合理的なものとされる家庭に生まれ、そのような宗教の教説で訓育され、一刻として、こうした宗教的または反宗教的な苦闘がなんなのかを知ることのない人は、だれでも長所をもつものであり、人からとやかく言われる筋合いはないとわたしは話さなければならない。わたしは、神がわたしを愛したもうと常に知っていたし、神がわたしを置きなさった世界のゆえに、わたしは常に神に感謝している。そのことを神に告げるのが好きだったし、神の忠告を受けるのが常にうれしかった……わたしが成人になろうとしていたころ、当時の半哲学的な小説なるものが、“人生問題”に直面する若い男たちや娘たちについてとやかく語っていたことを完璧に思い出すことができる。人生の問題はなにかについて、わたしにはなんの考えもなかった。全力を尽くして生きることはわたしには容易だった。学ぶべきことがどっさりあるなら、学ぶのが愉快に思えたし、それはもちろんのことだった。機会があれば、人に手を貸すのは当然だった。これをやっていたのであれば、もちろんのこと、人生を楽しむのであり、というのも、楽しまないわけにはいかないのであって、楽しむべきだとみずからに言い聞かせることもなかったのである……君は神の子どもだ、君は神のうちに生き、行動し、存在するのだから、どんな困難にあっても、君の手にはそれを克服する無限の力がある、と早いうちに教えられた子どもは、君は怒りの子どもに生まれたのであり、善いことはまったくできないといわれた子どもに比べて、人生を楽に受け止め、おそらくもっと大事にすることだろう」
[35] Starbuck: Psychology of Religion, pp. 305, 306.
このようなものを書く人たちは、体質的に世界の陽気な面を重んじようとする気質の持ち主であり、反対の気質の人たちが暗い側面をクヨクヨ悩みつづけるのとは違って、いつまでも思いわずらうことを宿命的に禁じられていると考えるしかありません。ある人たちの楽観主義は、ある意味で病気になりかねません。そういう人には、一過性の悲しみを覚えたり、一時的にへりくだったりする能力すら、一種の先天性知覚麻痺(まひ)により欠落しているようなのです。[36]
 [36] 「哲学者たちが、いつの日か、いかなる自然法則に(うつ)の思いを帰することになるのか、わたしは知らない。わたし自身としては、こういう思いはあらゆる感情のなかで最も官能的であると気づいている」とサンピエールは書き、それに応じて、自然に関する彼の著作の数章を――章を追うごとに楽観的になる――崩壊の喜びPlaisirs de la Ruine, 墳墓の喜びPlaisirs des Tombeaux, 自然の崩壊Ruines de la Nature, 孤独の喜びPlaisirs de la Solitudeに割いている。
 このように悲哀に快楽を見つけるのは、青年期にごく一般的である。真実の語り部、マリ・バシュキルツェフMarie Bashkirtseff1858-84)ウクライナ出身の女性画家・彫刻家・日記作家〕は、このことを次のように巧みに表現している――
 「彼が憂鬱であり恐ろしい不断の苦悩にさいなまれているとしても、わたしは生を糾弾しない。それどころか、わたしは生を好み、よいものだと思う。あなたには信じられるだろうか? わたしはすべてよいもの、心地よいものと受けとり、わたしの涙、わたしの悲嘆でさえもそうなのだ。わたしは泣くのを楽しむ。わたしはわたしの絶望を楽しむ。いらだち、悲しみを楽しむ。こういうものがとてもどっさりある気晴らしであるかのように感じ、あらゆることにもかかわらず、わたしは生を愛する。わたしは生きつづけたい。これほど順応しているのに、わたしが死ぬようなことがあれば、残酷というものであろう。わたしは泣き、悲嘆し、同時に喜んでいる――いや、これでは正確ではない――これをどのように表現すればよいのか、わたしにはわからない。だが、生のあらゆることがわたしを喜ばせる。わたしはすべてが心地よいと思い、幸福を祈るさなか、惨めであることに自分が幸福であると気づく。これすべてに耐えているのはわたしではない――わたしの体は泣き叫ぶ――だが、わたしのうちなるわたしを超えたなにものかがこれらすべてを喜んでいる」[37]
[37] Journal de Marie Bashkirtseff, i. 67.
このような悪に対する不感症の当代の究極的な例は、もちろんウォルト・ホイットマンWalt Whitman18199)は米国の詩人・随筆家〕です。
その門弟、バック博士Richard Maurice Bucke1837-1902)カナダの精神科医〕はこう書いています――
「彼のお好みの仕事は、ひとりで戸外をぶらついたり、ほっつき歩いたりして、草、木立、花、光のようす、移りゆく空模様を眺め、鳥たち、コオロギ、アオガエル、ありとあらゆる自然の音に聴き入ることのようだった」。
バック博士は「彼は,これらのことどもから通常人が受けるよりもはるかに大きな喜びを与えられていたのは明白であった」と続けます。
「この人物を知るまで、これらのものからこれほど多くの絶対的な幸福を得ることができる人がいるとは、わたしには思いも寄らなかった。彼は花をとても好んでいた。野生種であれ、栽培種であれ、あらゆる類いのものが好きだった。彼はライラックやヒマワリをバラとまったく同じように礼賛していたとわたしは思う。おそらく、実にウォルト・ホイットマンほど多くのものを好み、嫌いなものがほとんどなかった人はこれまでいなかった。あらゆる自然の対象は、彼にとって魅力をたたえていたようだった。見るもの、聞くものすべてが彼を喜ばせたようだった。(彼がだれそれを好きだというのは聞いていないが)彼は、見かけたあらゆる男、女、子どもが好きであるように見受けられた(わたしにはそのように信じられた)し、彼を知る人それぞれは、彼が彼または彼女が好きであるし、他の人たちのことも好きであると感じていた。わたしは彼が言い争ったり言い張ったりしたことがあるとは知っていないし、彼はお金についてしゃべったりしなかった。彼自身や彼の著作を酷評する人があると、時には楽しそうに、時にはきまじめに、いつもそれはもっともだといったし、わたしは彼が論敵の言い草を楽しみさえしているとしばしば考えた。わたしは、(彼を)初めて知ったとき、彼が自重しているのであり、いらだちや反感、不平や小言を漏らすのを自分の口に許さないのだと考えたものである。彼にはこういう精神状態がありえないとはわたしには思いも寄らないことだった。しかし、長期にわたる観察の結果、こういう感情の欠如、あるいは意識されないことが完全な実態であるとわたしは納得した。彼は、いかなる人の国籍も階級も、あるいは世界史のいかなる時代も、いかなる商売や職業も――いかなる動物や虫も、いかなる自然法則も、病気、不具、死といった、その結果でさえも――悪くいわなかった。天候、苦痛、病気、あるいはなんに対しても、彼は不平不満をいわなかった。彼は悪態をつかなかった。怒りに駆られて発言することはなかったし、怒ることなど明らかになかったので、悪態をつくこともなかった。恐怖を表すこともなかったし、彼がそれを感じたことがあるとはわたしは信じない」[38]
 [38] R. M. Bucke: Cosmic consciousness, pp. 182-186, 要約。
ウォルト・ホイットマンが文学において重要なのは、その著作からあらゆる萎縮(いしゅく)要素を組織的に排除しているからです。彼がみずからに表現を許した感情は、拡張の系列のものだけでした。しかも、それを、単に怪物めいて慢心した個人なら表明しかねないものとしてではなく、万人を代表する一人称で提示しているので、情熱と神秘に満ちた存在論的な感動が彼のことばにみなぎり、男たちと女たち、生と死、また森羅万象は神聖なる善であると読者を説得して終わるのです。
だから、今日、多くの人たちがウォルト・ホイットマンを永遠なる自然宗教の回復者とみなすまでになったのです。彼は、仲間たちに対する彼自身の愛をもって、彼と仲間たちとが生きているという彼自身の喜びをもって人びとを感化しました。彼を礼賛するための協会がじっさいに結成されました。その宣伝のために定期機関紙が発行され、その紙上で正統と異端の線引きがすでに始まっています。[39] 他の人たちが彼独特の作詩法をもちいて賛美歌を書いています。彼はキリスト教創始者とあからさまに比較されさえしており、その後者は必ずしも優位に位置づけられてはいません。
 [39]ホレス・トラウベル〔Horace Traubel〕が編集し、フィラデルフィアにて月刊で発行されているThe Conservatorを指す。
ホイットマンはしばしば「異教徒」として語られています。今日、ときには、このことばは単に罪意識のない動物のような自然人を意味しています。ときには、独自の宗教意識を持つギリシャ人やローマ人を意味しています。どちらの意味であっても、このことばはこの詩人にふさわしいものではありません。彼は、善と悪の木の実を味わっていない単なる動物的人間以上の存在です。彼は、罪に対する彼の無関心さには、思い上がりの罪、屈折や萎縮(いしゅく)からの自由に対する意識的な(おご)りの罪が存在していることにじゅうぶん気づいており、一つ目の意味における純粋な異教徒には、これは見受けられないものです。
「ぼくは身を(ひるがえ)して、動物たちとともに生きることができた
動物たちは、とても穏やかで自足している
ぼくは長ながと立ち止まり、動物たちを眺める
動物たちは労せず、自分の境遇をぐちらない
闇の中で眠りにつけずに自分の罪を嘆くこともない
不満をかこつものはいなく、所有欲に狂うものもいない
他者や何千年も前に生きた同族にひざまずかない
地上のどこにも高位のものも不幸なものもいない」[40]
[40] Song of Myself, 32.
生まれながらの異教徒であれば、このよく知られた詩句は書けません。だが、その反面、ホイットマンはギリシャ人やローマ人以下でした。というのも、彼らの意識は、ホメロスの時代にあってさえ、この太陽が輝く世界の悲しい滅びの運命であふれんばかりであり、このような意識はウォルト・ホイットマンが断固として受け入れを拒むものでした。例えば、アキレウスAchilleus, ホメロスの叙事詩『イーリアス』の主人公〕は、プリアモスPriamos, トロイア最後の王〕の若き子息リュカオンLycaonを殺そうとしたとき、その命乞いの声を聞いて手を止め、こう言います――
「ああ、友よ、君とても死なねばならぬ。なぜ君はこのように嘆くのか? パトロクロスPatroklos, アキレウスの竹馬の友〕も死んだが、彼は君よりもはるかに優れていた……わたしにも死と強制的な運命がのしかかっているのだ。朝か夕べか、あるいはある日の昼間か、打ち槍で、はたまた弓矢で、わたしの命をいずれかの男が奪うときがいたるのだ」[41]
 [41] 『イーリアス』第二一章、E・マイアズ〔Ernest James Myers1844-1921)英国の古典学者〕訳。
そのうえで、残忍にもアキレウスは剣で哀れな少年の首を切り落とし、その足をつかんで、体をスカマンドロス川に投げ入れ、リュカオンの白い脂身を食らえと川魚に呼ばわるのです。ここで残忍さと哀れみがそれぞれに真実を鳴り響かせ、たがいに混じらず、介入していないのとまさしく同じように、ギリシャ人やローマ人は彼らのあらゆる悲しみと喜びとを混じりけのない完全なものとして保っていました。天性の善を、彼らは罪とみなしませんでした。彼らは、わたしたちの多くが主張するように、当座は悪と思えるものも「発達中の善」であるに違いないとか、同じような気の利いたことを主張して、宇宙の誉れを救いたいというような欲求も持ち合わせていませんでした。古代ギリシャ人にとって、善は善であり、悪はまさしく悪でした。彼らは、自然の悪を否定しませんでしたし――ウォルト・ホイットマンの「善と呼ばれるものは完全であり、悪と呼ばれるものもまさに同じく完全だ」という詩句は、彼らには単なる戯言(たわごと)に聞こえたことでしょう――そうした悪から逃れるために、悪と同様、悪気のない感覚的な善も存在しえない空想の“もうひとつの、よりよい世界”を発明しませんでした。この直感的反応の高潔さ、このあらゆる道徳上の詭弁(きべん)とこじつけからの自由のおかげで、古代の異教感覚は哀愁に満ちた尊厳さを帯びています。そして、この美質は、ホイットマンのほとばしる言葉にはないものです。彼の楽観主義は恣意(しい)的にすぎ、傲慢(ごうまん)にすぎます。彼の福音には、虚勢の気配と気取った(ひね)りがあり[42]、そのために、楽観主義にじゅうぶん気を引かれ、重要な観点においてホイットマンは預言者の正統な系列に連なるとおおむね認めようとする多くの読者に対する影響力が()がれているのです。
 [42] 「神はわたしを恐れる!」とは、それほど無敵な楽観主義の友人が、ある朝、格別に元気づき、人を食ってもかまわない気分になったとき、わたしの面前で吐いたことばである。このことばの傲慢さは、謙虚さにまつわるキリスト教的な教育がいまだに彼の胸にうごめいていることを示していた。
ところで、万事を見渡し、すべてよしと見る、こういう傾向に対して、健全な精神状態の名を与えるとしますと、健全な精神状態であるための方法を、より不随意のものとより随意の、またはより意図的なものとに区別しなければならないことに気づきます。不随意的な類いの場合、健全な精神状態は、万事について、ただちに愉快だとするありかたです。意図的な類いの場合、ものごとをよしと考えるにしても、抽象的なありかたになります。事物を考える抽象的な方法はすべて、ものごとのとりあえずの本質としてなんらかの一面を選び、他の側面を無視します。意図による健全な精神状態は、善を存在の本質的で普遍的な側面であると考え、故意に悪を視野から締め出します。このようにあけすけにいってしまいますと、知的に自己に対して誠実であり、事実に対して素直である人にとって、これはやってのけるのが困難な芸当であると思えるかもしれませんが、少しばかり内省してみますと、ことはあまりにも複雑であり、このような単純な批評では片付かないことがわかります。
そもそも、幸福感は、すべての他の感情と同じく、障害に対する本能的な自衛手段として、反証事実に対する無認識と無感覚を備えています。幸福感が現実にわがものであるとき、悪の思いが現実感をもちえませんし、それと同じく、(うつ)になれば、善の思いは現実感をもちえません。理由はともかく、まことに幸福である人にとって、そのとき、その場で、悪はどうしても信じられません。彼は悪を無視するしかないのです。そのとき、傍観者の目には、その人は(かたく)なに目を閉じ、悪を締めだしていると映ることでしょう。
だが、これだけではすみません。完全に包み隠しのない正直な精神にあっては、悪の締めだしが、意図的な宗教方針、あるいは先入観parti prisフランス語〕に育つかもしれません。わたしたちのいわゆる悪というものの多くは、もっぱら人間が現象を受け止めるありかたによって決まります。悪は、受難者の内的態度が恐れから戦いに変わるだけで、実に多くの場合、心を引き締め、元気づける善に転化します。悪の痛みを避けようと空しくあがいたあと、見かたを変え、(ほが)らかに耐え、最初には自分の平安を乱すと思えた事実をよくよく見れば、人間にとって後生大事なのは名誉だけなので、こういう逃げ道もあったと思いなおすとき、実に多くの場合、その傷みは消え去り、楽しみに転化します。悪を認めるのを拒むのです。悪の力を軽んじるのです。悪の存在を無視するのです。注意を他に向けるのです。そうすれば、事実はやはり存在するとしても、とにかくみなさんご自身に関するかぎり、悪の性格はもはや存在しません。ものごとの善悪を決めるのは、みなさんご自身の考えかたですので、支配するのはみなさんの思いであり、これがみなさんの一大関心事であるとわかります。
このようにして、精神のありかたを楽観的な考えかたに切り替えるように意欲的に図りますと、哲学への入口が開きます。いったん入ってしまえば、越境の正当性を問うのは難しくなります。幸福を求める人間の本能が、無視による自己防衛を決意し、都合よく働くだけにとどまらず、より高い内面的な理念が、いうべき重みのあることばを持つようになります。不幸ぶった態度は、(いた)ましいだけでなく、(いや)しく(みにく)いのです。いかなる外部の悪のせいであるにしろ、嘆き暮らしたり、泣き言いったり、(ふさ)ぎこんだりする気分ほどに、下劣で無価値なものはあるでしょうか? これほど(はた)迷惑なものはあるでしょうか? 困難克服法としてこれほど無益なものはあるでしょうか? これでは、その原因となった悩みを固定し、永続化して、事態全体を悪化させるだけです。だから、いかなる犠牲を払っても、この気分の影響を緩和しなければなりません。わたしたち自身や他の人たちのこういう気分をはねつけて、断じて我慢していないことです。だが、客観の領域でこころを尽くして明るい面を強調し、同時に暗い面を抑えないことには、主観の領域でこの修練を続けるのは不可能です。だから、悲惨さに(おぼ)れてはならないという決意は、心中のわりあい瑣末(さまつ)ことがらから始めて、現実の枠組み全体を要求にかなうほど楽観的な概念体系に組みこむようになるまで途絶えることはないでしょう。
だからといって、ものごとの枠組み全体が無条件に善でなければならないというような神秘的洞察、あるいは宗旨(しゅうし)について、わたしがなにか語っているわけではありません。このような神秘的な信条は、宗教意識の歴史において、とてつもない役割を担っていますので、後ほどいくらか念入りに検討しなければなりません。だが、現時点でこれ以上言及する必要はありません。目下の講義では、もっと平凡で非神秘的な歓喜の状態でじゅうぶんです。侵略的な精神状態や熱烈な意気込みはすべて、ある方向の悪に対して人間を無感覚にします。愛国者に対して平時の刑罰は抑止力を失いますし、恋人たちに対して世間の分別は馬の耳に念仏です。熱情が極端であれば、理想の大義のためにこうむる苦難は実質的に誉れになり、死は牙を失い、墓場は勝利を逸します。このような状態において、普通の善悪の対比はもっと高い序列のなかに吸収され、全能の興奮が悪を飲みこみ、これを人間は人生の無上の体験として歓迎します。これこそ真に生きるということだ、わたしは英雄になる機縁と冒険に歓喜する、とその人は言います。
ですから、宗教的態度としての健全な精神状態を計画的に育てることは、人間性の重要な傾向と合致していますし、なんら理不尽なことではありません。じっさい、たてまえ上の神学が一貫して禁じている場合ですら、わたしたちみな、多かれ少なかれこれを育んでいるのです。わたしたちはできるだけ病と死から目をそらします。わたしたちの生活基盤である果てしない修羅場や猥褻(わいせつ)行為は視界から隠され、言及されることがありませんので、書物や社会で公認された世界は、現実の世界よりもはるかに立派で清潔、善良な、詩情のあるフィクションになっています。[43]
 [43] 「この人生を過ごすにつれ、日ごとにますますわたしは迷子になる。わたしは、この世界、生殖、遺伝、見るもの聞くものに慣れることができず、ごく普通のものごとが重荷である。とりすました消毒済みの上品な生活の表面と、下品で浮かれた――あるいは騒ぎ狂った――広大な基盤とは、たいした見ものになっていて、わたしにはとても慣れ親しめない」
――ロバート・ルイス・スティーブンソンRobert Louis Balfour Stevenson1850-94)英国の作家。『宝島』『ジギル博士とハイド氏』〕Letters, ii. 355
過去五〇年間、いわゆる自由主義がキリスト教界で進展したのは、どうやら古い地獄の業火神学が仲よく手を結んでいた陰鬱(いんうつ)な気風に対する教会内の健全な精神状態の勝利といってもよさそうです。いまではどこの信徒会でも、説教師たちが罪意識をあおるどころか、それを軽んじることに献身しています。彼らは永遠の罰を無視し、あるいは否定し、人間の堕落よりも尊厳を主張します。古い流儀のキリスト教徒が相も変わらず引きずっている、みずからの魂の救済にまつわる先入見を、病的でほめられたものではなく、非難されるべきものと見ています。自信に満ちた“筋肉質”的な態度は、わらがご先祖なら、まちがいなしの異教的な物腰と見たでしょうが、このような説教師たちの目には、キリスト教徒的性格の理想的な要素に映ります。わたしは、これが正しいかどうかを問題にしているのではなく、変化を指摘しているだけです。
わたしの言及する人たちは、神学の悲観主義的な要素を捨てているにもかかわらず、たいていキリスト教との名目的な関係を維持しています。しかし、一世紀にわたり勢いを得て、過去二五年のあいだに急速に欧米を席巻(せっけん)した、あの“進化学説”のうちに、わたしたちは新しい種類の自然宗教の素地を見るのであり、わたしたちの世代の多数派の思想において、これがキリスト教と完全に置き換わっているのです。普遍的な進化という発想は、一般的な改善と進歩を唱える信条にうってつけであり、健全な精神の人たちの宗教欲求にとてもよく適合していますので、まるでその人たちのご用達品として開発されたかのようです。ですから、科学教育を受けたり、一般向け科学記事を読むのが好きだったりし、伝統的なキリスト教の説教の厳格で不合理であると思える部分に内心あきたらない、大勢のわが同世代人によって、“進化論”はこのように楽観的に解釈され、生まれたときからの宗教に替わるものとして受け入れられているのをわたしたちは目にしています。百聞は一見にしかずといいますので、一例として、スターバック教授が回覧したアンケートの回答を引用してみましょう。回答者の精神状態は、それがものごとの本質全般に対するその人の反応でもあり、系統的かつ内省的でもあり、またある種の内面的な理想に忠実にみずからを縛るものでもありますから、礼儀として宗教といってもよいでしょう。みなさんも、その人に、荒削りで傷つくことを知らない精神、とても身近な同時代人タイプを認められるものとわたしは思います。
あなたにとって、宗教はなにを意味しますか?
:なんの意味もありませんし、それにわたしが見るかぎり、他の人たちにも役立たないようです。わたしは六七歳であり、五〇年間、何某(なにがし)に居住し、四五年間、実業界で働いてきましたので、人生や男たち、また何人かの女たちについて、いささか経験がありますが、最も宗教的で信心深い人たちが、一般的に実直さと道徳性に最も欠ける連中であると気づいています。教会に通わず、あるいは宗教的信念をなにももたないのが、最良の人たちなのです。祈ること、賛美歌を歌うこと、説教することは――自分自身を頼るべきときに、なんらかの超自然的な力に頼るように吹き込みますので――有害です。わたしはまったく神を信じません。神の概念は、無知、恐怖、そして自然に関する知識の全般的な欠如から生じているのです。心身ともに年齢の割には健全なわたしですが、いま死ぬとしたら、音楽かスポーツ、あるいは他の分別ある娯楽を心から楽しみながら、そう、むしろ、喜んで死にたいものです。時計が止まれば、われわれは死ぬ――いずれにせよ、不滅などありはしません。
神、天国、天使などといったことばから、なにを連想しますか?
:まったくなにも。わたしは無宗教の人間です。こういうことばは、ずいぶんたわけた作り話です。
あなたは天恵と思える経験をなされたことがありますか?
:まったくありません。指揮監督する類いの神意はありえません。賢明な観察眼と科学法則の知識を少しばかり働かせれば、だれでもこの事実に納得します。
どんなものが、あなたの感情に最も強く働きかけますか?
:生き生きした歌や音楽です。オラトリオ〔聖書に題材をとった音楽劇〕ではなく、『ピナフォア』H.M.S. Pinafore喜歌劇『女王陛下の軍艦ピナフォア――水兵に恋した娘』〕が好みです。わたしは、スコットSir Walter Scott (1771-1832) スコットランドの詩人・作家〕バイロンGeorge Gordon Byron, sixth Baron1788-1824)英国のロマン派詩人〕、ロングフェローHenry Wadsworth Longfellow (1807-82) 米国の詩人〕など、とりわけシェイクスピアが好きです。歌では、『星条旗』『アメリカ』『ラ‐マルセイエーズ』、それにあらゆる道徳的で魂をゆさぶる歌曲が好きですが、気の抜けた賛美歌はいただけません。わたしは、自然、とりわけ晴天を大いに楽しみ、何年か前まで日曜日に田舎にでかけ、しばしば一二マイル歩いて、疲れを知りませんでした。自転車では四〇マイルか五〇マイル走りました。いまはもう自転車はやっていません。わたしは教会へは決して行きませんが、よい講演があれば、出かけます。疑いや恐れをもたずに、あるがままにものごとを見ますし、わたしの環境に合わせようと努めますので、わたしの考えや計画は健全で愉快な類いのものです。これこそが最も深遠な法則であるとわたしは考えます。人間は進化する動物です。一千年後には、人間は現状に比べて長足の進歩を遂げていると考え、わたしは満足を覚えます。
罪について、あなたはどのようにお考えですか?
:罪とは、人間がまだじゅうぶん発達していない場合にたまたま見られる状態、(やまい)であるとわたしには思えます。これを気に病めば、病状を悪化させます。いまから百万年もたてば、公平と公正、心身の健康が確立、組織化されて、だれも悪や罪を知らなくなるとわれわれは考えるべきです。
あなたはどのような気質ですか?
:心身ともに壮健で活動的、抜け目がありません。自然がわれわれを否応なく眠らせるのを残念に思っています。
わたしたちが、破れ、悔いるこころを探し求めているなら、とうぜん、このご同輩に目を向ける必要はないでしょう。有限なもので満足する気性がこの人をまるでロブスターの殻のようにすっぽり包みこみ、はるかに離れた無限なるものからやってくるあらゆる病的な不平不満を遮断(しゃだん)しています。わたしたちの目にこの人は通俗科学に力づけられた楽観主義の好例に映ります。
わたしの考えでは、自然科学から健全な精神状態に向かう思潮よりも、宗教的にはるかに重要で興味深い思潮は、近ごろアメリカを席巻し――大英帝国でどのような足場をすでに築いているか、わたしは存じませんが――日ごとに勢力を増しているものであり、わたしはこれを短く言い表すために「精神療法運動」と命名しようと思います。この運動が用いている自称のひとつを借用するなら、この「新思想」にはさまざまな分派があるのですが、共通合意点が絶大ですので、目下の目的のためには、小異は無視してもかまわないでしょうから、わたしは断りもなく、この運動をあたかも単一のものであるかのように扱うつもりでいます。
これは、人生を意図的に楽観視する企てであり、理論と実践の両面を備えています。これがこれまでの四半世紀にしだいに発展するにつれ、役に立つ一連の要素を取り入れ、いまでは本物の一宗教勢力とみなされるべきものになっています。たとえば、パンフレット類の需要がとても大きく、際物(きわもの)が機械的に市場生産され一定部数が出版業者の手で供給される――わたしが想像するに、これはある宗教が不安定な草創期をくぐりぬけるまで決して見られない現象――そういう段階に達しています。
精神療法が掲げる教義の出所のひとつは、四福音書です。もうひとつは、エマソン主義、すなわちニューイングランド超越論哲学。もうひとつは、「理法」と「進歩」と「発達」のメッセージを掲げる心霊主義。もうひとつは、わたしが先ほど言及した、楽観主義的な通俗科学の進化論。最後にヒンズー教が風味を加えています。だが、いちばん顕著な呼び物は、もっと直接的な霊感です。この信念の指導者たちは、健全な精神の姿勢そのものがもつ全能の救済力、勇気や希望、信頼がもつ克服力を直感的に信じ、それに伴って、疑いや恐れ、気苦労、その他すべての不安だらけな取り越し苦労の精神状態を見下しています。[44] 概して、彼らの信条は教え子たちの実践体験によって補強されています。そして今日では、この体験例が大量に蓄積されているのです。
 [44] 『子どもを(いまし)めるお話しCautionary Verses for Children、一九世紀初めに出版され、多用された著作物のこの表題は、英国福音派プロテスタント教会の詩神が、危険の思いにこだわるあまり、ついには当初の福音の伝える自由からはるか遠くまで漂流してしまったことを示している。精神療法は、簡単に言えば、今世紀初期、英米の福音派集団において眼に余った慢性不安の宗教に対する反動だったといってもよいだろう。
目の見えない人が見え、足のなえた人が歩けるようになりました。終生の病人が健康を回復しました。精神的な果実もそれに劣らず並外れていました。健全な精神など思いもよらなかった人たちでも、意図的に健全な精神にのっとった態度を選ぶのは可能であることがわかりました。性格の刷新が大規模に実現しました。無数の家庭で一家団欒(だんらん)が戻ってきました。これの間接的な影響は絶大です。精神療法の原理が空中に充満しはじめましたので、その精神が人づてに届くほどです。「リラクセーションの福音」とか「心配無用運動」といったのやら、朝の着替え中に、今日一日のモットーとして「若さ、健康、元気!」と繰り返し唱えている声が聞こえてきます。多くの家庭で天候についての愚痴は禁句になりつつあります。世を騒がせるだけの不愉快な事件について話したり、日ごろの不便や慢性的な軽い病気を大げさにしたりするのは無作法であるとますます多くの人びとが考えるようになっています。このような元気づけの効果を世情全般にもたらしていますので、もっとめざましい結果がないとしても、それはそれでけっこうなことでしょう。だが、めざましい結果もたくさんありますので、数えきれない失敗例や自己欺瞞(ぎまん)の例が紛れこんでいても(万事、人的ミスは当然であり)、大目に見てもかまわないほどですし、学問を積んだ知性なら、ほとんど読むに耐えないような楽観論で気がふれたものや雲をつかむような表現のものなど、おびただしい数の精神療法文献の饒舌(じょうぜつ)にも目をつむっていることができます。
役に立つ成果があるから運動が拡大したのは、いぜんとして偽りのない事実ですし、これが、つまり体系的な人生哲学に対するアメリカ人の議論の余地なく独創的な寄与が、具体的な治療理論とこれほど深く結びつくという事実ほどに、アメリカ人の極めて実際的な気質を証明するものはなかったでしょう。精神療法の重要性について、米国の医療や宗教界の専門家らが、さかんに抵抗したり難癖をつけたりしながらも、目を開きはじめています。これは、理論的にも実践的にも、疑いなくさらにもっと発展するはずですし、それに(くみ)する最近の著述家たちは並外れて有能な集団なのです。[45] 祈ることのできない人たちの群れがいろいろあるように、精神療法家の理念に万が一にも左右されない群れがもっといろいろありますが、それはまったく問題ではありません。わたしたちの目下の目的にとって、重要な点は、感化されうる人たちがこれほどたくさんいるという事実です。彼らは、関心を払って研究すべき精神類型を形成しています。[46]
 [45] ホレイショ・W・ドレッサー〔Horatio W. Dresser1866-1945)新思想運動指導者〕、ヘンリー・ウッド〔Henry Wood〕両氏、とりわけ前者を指す。ドレッサー氏の著作はG. P. Putnams Sons, New York and Londonから、ウッド氏のはLee & Shepard Bostonから出版されている。
 [46] わたし自身の証言では怪しまれるかもしれないので、別の報告、the American Journal of Psychology for 1899 (vol. x.)〔『アメリカ心理学会誌』1899年版〕で公表された、クラーク大学のH・H・ゴダード博士〔Henry Herbert Goddard1866-1957)心理学・優生学者〕による論文『信仰療法が明かす身体に対する精神の影響』〔the Effects of Mind on Body as evidenced by Faith Cures〕をあげておく。この判定者は、広範な事例研究の結果、精神療法による回復は事例が存在するが、現在の医療で公認されている暗示療法といかなる点でも変わらないと結論している。当論文の末尾(再版p. 67)に、暗示が作用するメカニズムに関する興味深い心理学的考察が見受けられる。精神療法の一般現象そのものについて、ゴダード博士は次のように書いている――
 「筆者は治療報告に厳しい批判をくだしたが、それでもなお、精神が疾病におよぼす強力な影響を示す資料が非常に数多く残る。症例の多くは、わが国屈指の名医たちが診断・治療にあたったり、有名病院が治療を試みたりしても成功しなかったものである。教養・学識のある人びとが、この手法で治療を受けて、成果をえている。積年の症状が改善し、治癒さえしている……筆者は、未開民族医術、現代の民間療法、専売特許医薬および呪術を調査して、心理的要素を探索した。こうした手法が病気治療に無効であれば、その存在が説明不可能であること、また、有効であれば、その効力は心理的要素にあることを筆者は確信している。同様の論法が、精神医療学の現代版――神聖療法およびクリスチャン・サイエンス――についても適用できる。すべてが妄想であるとすれば、知的な人びとが精神科学者という固有の名称で知られる大集団を構成して、それが存続するなどとはとても考えられない。それは一日かぎりのものではなく、少数の人間に限られたものではなく、局地的なものではない。確かに多くの失敗例が記録されているが、それは議論に拍車をかけるだけである。失敗例を埋め合わせる多くのめざましい成功例があるはずであり、そうでなければ、失敗例が妄想を葬ったはずである……クリスチャン・サイエンス、神聖療法、あるいは精神科学は、あらゆる疾病を治療するものではなく、また、ものごとの本質そのものからして治療できるものではない。それでもなお、最も広い意味での精神科学も一般原理を実地に応用すれば、病気の予防に役立つだろう……心の姿勢を適切に正すことによって、正規の医師が(さじ)を投げるような病気の患者の多くが救われると確信するに足るじゅうぶんな証拠が見受けられる。医療の総力をあげても救命できない犠牲者の多くの死期を遅らせることさえでき、正しい人生哲学を誠実に守るならば、多くの人びとが健康を維持できるし、医師の側では、予防できない病気の緩和に専心する時間ができるだろう」(再版p. 33, 34
では、これから彼らの信条をもう少し詳しく検討してみましょう。それを支える大黒柱は、あらゆる信仰体験に共通する根拠、すなわち、人間は二重の性質をもち、思考の二つの領域、底の浅い領域と奥の深い領域に接していて、そのどちらか一方の領域で生きかたを学ぶのを習慣化するという事実にほかなりません。底が浅く、低次の領域は、肉欲的感覚、本能や欲望、利己主義や疑い、低次の個人的利害のそれです。だが、キリスト教神学では、偏屈心が人間性のこの部分にある基本的な悪であると常に考えてきたのに対して、精神療法家たちは、この部分に見られる邪悪のしるしは恐怖心であるといっているのであり、だからこそ、彼らの信念はあのような完全に新しい宗教の性格を帯びているのです。
この流れをくむ著述家の書いたものを引用すれば――
「恐怖は、進化の過程で役立ってきたのであり、ほとんどの動物の先見思考の全体を成しているようである。だが、それが人間の文明生活において心的素質のなんらかの部分として残っているのは不合理である。わたしは、義務と魅力とを自然な動機とする彼ら文明化された人びとにとって、先見思考に占める恐怖の要素は、力づけるものではなく、落ちこませ、邪魔するものであると理解している。恐怖は、不必要になったとたんに紛れもない抑止要因になるのであって、死んだ皮膚が生体組織から剥落(はくらく)する例にならい完全に除去されるべきである。恐怖の分析および恐怖の発現抑止に役立てるために、わたしは、先見思考の無益な要素を表すものとして、恐怖思考という言葉を造語し、『気苦労』ということばを、先見思考と対立する恐怖思考と定義した。わたしはまた、恐怖思考を劣等性の自己投影または自己許容暗示と定義し、それが真に所属する場、有害で不必要、したがってまともでないものの範疇に位置づけられるようにした」[47]
 [47] ホラス・フレッチャー〔Horace Fletcher1849-1919)米国の健康食品研究家〕: Happiness as found in Forethought Minus Fearthought, Menticulture Series, ii. Chicago and New York, Stone. 1897, pp. 21-25, 要約。
一般にはびこった“恐怖思考”から生じる“泣き癖”や“嘆き節”は、精神療法著述家たちから次のように痛烈に批判されています――
「われわれの生れ落ちたときからの人生の習性について少し考えてみよう。ある種の社会的しきたりや慣習、いわゆる要請があり、神学上の偏向、一般的な世界観がある。人生における幼児期の(しつけ)、教育、結婚、職業に関して、保守的な観念がある。このすぐあと長い人生のまざまな心配事が続き、やれ、小児病にかかるかもしれないとか、中年期、老年期の病気にかかるかもしれないと気苦労が絶えない。歳をとって、能力を失い、子どものようになるなどと考える。あげくの果て、最大のものは死の恐怖である。さらに、悲嘆や予期される悩みごとの長いリスト、例えば、特定の品目の食品に関連した観念、東風の恐れ、高温気象の恐れ、低温気象の痛みと悩み、通風口の前に座って、風邪をひくのではないか、八月一四日の昼日中に枯草熱にかかるのではないかという恐れなどなどがあり、われわれが呪文を唱えて呼び出すのを、わが同胞、とりわけ医者たちが進んで手助けする恐怖、不安、心配、懸念、予感、予想、悲観、病的性格、その他の宿命の姿をした幽霊の行列があり、ブラッドリーFrancis Herbert Bradley1846-1924)英国の観念論哲学者〕の『血の通わぬ係累のこの世のものならない舞踏劇』と比べるに値する陣営がある。
「だが、これですべてではない。この巨大な陣営は、日常生活から数かぎりない志願兵――事故の恐れ、災害の可能性、財産の喪失、強盗にあう見込み、火災、あるいは戦争の勃発――が加わって膨れあがる。わが身を心配するだけでは事足りない。友人が病気にかかると、恐怖に駆られて最悪を予想し、死を思わずにはいられない。不幸に出会えば……同情は、苦難に入りこみ、大きくしてしまうことに他ならない」[48]
 [48] H. W. Dresser: Voices of Freedom, New York, 1899, p. 38
もうひとりの著述家が書いたものを引用してみましょう――
「人は、外部世界に参加する前に、しばしば恐怖をみずからに刻印してしまっている。彼は恐怖のうちに育てられる。全生涯が病気と死の恐怖にとらわれてすごされ、そのため、彼の精神構造全体が束縛され、制限され、抑圧されて、彼の体は萎縮したこころの模様と特性に引きずられる……このような永久に続く悪夢の支配下にあったわれわれの祖先のうちの、何百万もの傷つきやすい敏感な魂を思ってもみよ! いやしくも健康が存在するのは、驚くことではないのか? そのような病的想念の海をいささかなりとも中和しうるものは、たとえわれわれが意識しなくとも、注ぎこまれる無限の神の愛、生命力、活気にほかならない」[49]
 [49] Henry Wood: Ideal Suggestion through Mental Photography. Boston, 1899, p. 54.
精神療法の信奉者たちはキリスト教の述語を多用していますが、このような引用文に接すれば、彼らの人間の堕落に関する概念が普通のキリスト教徒の考えとどれほど大きく異なっているか、おわかりになるでしょう。[50]
 [50] それがキリスト自身の考えと大きく違っているかどうかは、聖書解釈学者の決めるべきことである。ハルナックAdolf von Harnack1851-1930)ドイツの自由主義神学者〕によれば、イエスは、悪と病について精神療法家たちとほぼ同じように考えていた。「イエスがバプテスマのヨハネに送った答は、どのようなものだったか?」とハルコックは問い、次のように言う。「それは『目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、重い皮膚病を患っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている』〔マルコによる福音書11-5〕というものだった。それが『神の国の到来』であり、あるいはむしろ、すでにこれらの救済の働きのなかに神の国は現れている。苦痛の、欠乏の、病の克服と除去によって、これらの実際の結果によって、ヨハネは新しい時が到来したことを知ることになる。悪魔を追い払うことは、この救済の働きの一部にすぎないが、イエスは、それが彼の使命の意味であり、しるしであると告げている。だから、彼は、惨めな人、病んだ人、貧しい人に語りかけたのであるが、それも道徳家としてではなく、いささかの感傷も見せなかった。彼は、病気の等級づけや分類をせず、病人が治療に『値するか?』と質問して時間を費やさなかった。痛みや死に同情するということも、彼にはなかった。彼は、病気は有益な刑罰であるとか、悪には健全な使い道があるとか、どこにもいっていない。否、彼は、病気は病気、健康は健康という。すべての悪、すべての不幸は、彼にとって恐ろしいものだった。それは魔王の国に属するものだった。だが、彼はわが身のうちに救済者の力を感じていた。弱さが克服され、病が快癒したときのみ、前進が可能になると彼は知っていた」
――Das Wesen des Christenthums, 1900, p. 39.
人間のより高い本質に関する彼らの考えは明らかに汎神論的なものであって、それほどかけ離れていないとはとてもいえません。精神療法哲学における人間の霊性は、部分的には意識的ですが、主として無意識的なもののように思えます。そして、それの無意識的な部分を通して、わたしたちは、天恵の奇跡だとか、新しい内なる人間の突発的な創造だとかに頼らず、すでに神とひとつになっています。この見解はさまざまな著述家によってさまざまに表明されていますので、そこに、キリスト教神秘主義、超越理想主義、ヴェーダンタ哲学、現代の潜在自我心理学の影響が見受けられます。次のような文をひとつかふたつ引用すれば、見解の核心を知ることができるでしょう――
「宇宙の大いなる中核的事実とは、あの無限の命と力の霊であり、それが万物の背後にあり、万物のなかに、また万物をとおしてみずからを顕現する。万物の背後にある、この無限の命と力の霊は、わたしが神と呼ぶものである。あなたが慈悲の光、天帝、大霊、全能の神、その他なんでも、いちばん使い勝手のよいことばを使っても、大いなる中核的実在に関して一致できるなら、わたしは一向にかまわない。だから、神のみが宇宙を満たしているので、万物は神から来て、神のうちにあり、外にはなにもない。神はわたしたちの命の命であり、わたしたちの命そのものである。わたしたちは神の命を分かち与えられた者である。わたしたちが個別化された霊であり、神が、わたしたちとその他のありとあらゆるものを含む無限の霊であるという点で、わたしたちは神と違っているが、それでも本質において、神の命と人間の命とはまったく同じであり、だからひとつである。それらは、本質、あるいは特性においては違わない。程度において違っている。
「人間の命の大いなる中核的事実とは、この無限の命とわたしたちとが一体であるとする意識的で活気のある理解にいたることであり、この神性の流入に対して完全にわたしたち自身を開くことである。わたしたちが無限の命とのわたしたちの一体性という意識的な理解にいたり、この神性の流入に対してわたしたち自身を開く、まさしくその程度に応じて、わたしたちはみずからを無限の知性と力が働ける経路にする。あなたがあなたと無限の命との一体性を理解する、まさしくその程度に応じて、あなたは、不安を安心に、不和を調和に、苦しみと痛みとを豊穣(ほうじょう)な健康と強さに変えることになる。わたしたち自身の神性を認識すれば、また絶対者とのわたしたちの親密な関係を認識すれば、わたしたちの機械のベルトを絶対者の原動力につなぐことになる。選んだのでないかぎり、地獄にとどまる必要はない。わたしたち自身が選ぶ、どのような天国にもわたしたちは登っていける。わたしたちが登ることを選択すれば、宇宙のより高い力がすべて結集して、天国へ向かうわたしたちを助けてくれる」[51]
 [51] R・W・トライン〔Ralph Woldo Trine1866-1958)新思想運動著述家〕: In Tune with the Infinite, 26th thousand, N.Y. 1899. 引用文は、あちこちの文章をつなぎ合わせたもの。
ここで、これら抽象的な記述から精神療法教にまつわる体験の具体的な供述に移ることにします。わたしは文通による回答を数多く受け取っています――やっかいなのは、選ぶことだけです。最初に引用する二通は、わたしの個人的な友人たちからのものです。そのうちのひとり、ある女性は、次のように書いて、すべての精神療法信奉者たちが霊感の源とする無限の力との密接なつながりの感覚をうまく表現しています――
「あらゆる病気、弱点、あるいは抑鬱(よくうつ)の背後にある第一原因は、わたしたちが神と呼ぶ聖なるエネルギーから切り離されているという人間の感覚です。ナザレ人が『わたしと父とは一つである』〔ヨハネによる福音書10-30といったのと同じように感じ、穏やかだが、喜びにあふれた信頼をもって断言することができる魂には、もはや療法家も療法も必要ありません。これはごく簡潔な真実そのものであり、この不動の神聖な一体性という事実のほかに、全体性の基礎を()えることができる人はいません。病気は、この岩の上に足を据えた人、時々刻々、瞬間ごとに神の息吹の流入を感じる人をもはや襲うことができません。全能の神とひとつであれば、どうして疲れが意識に入りこめるのでしょうか? どうして病気があの不屈の命を襲えるのでしょうか?
「この疲労の法則を永久に破棄する可能性は、わたし自身の例によってじゅうぶん証明されています。わたしの人生の初期は、脊椎と下肢の麻痺(まひ)にともなって、何年にも何年にもわたる寝たきりの長患いの記録で塗りこめられています。わたしの思いは、現在の思い以上に不純なものではありませんでしたが、病気は宿命であると固く信じこみ、無知なままでした。しかし、肉体が回復したあと、わたしは療法家として一四年間にわたり休暇もとらずに絶えまなく働き、度を過ぎた弱さ、病気、ありとあらゆる疾患と常に接触しているにもかかわらず、一瞬たりとも疲労や苦痛を知らなかったと誠実に断言することができます。神の意識のある一部分が、どうして病気になることができるのでしょうか?――なぜなら『わたしたちとともにいますお方は、わたしたちに敵対できるすべてのものたちよりも偉大なのです』から」
わたしの二番目の文通相手はやはり女性であり、次のような供述を寄せてくれました――
「一時期のわたしには、生きることが難事に思えました。常にこころがなえ、いわゆる神経衰弱に何度か襲われ、それに不眠がともない、精神障害の瀬戸際に追い詰められました。他にも数多くの障害があったのですが、消化器官の障害が格別でした。わたしは家から送り出され、医者たちの手にゆだねられ、ありとあらゆる薬物を摂取し、仕事を全部やめ、うんと食べさせられ、手の届く範囲の医者たち全員とほんとうの知り合いになりました。だけど、この新思想がわたしを(とりこ)にするまで、回復しても長続きすることはありませんでした。
「わたしにいちばん印象深かったひとつのことは、万物を満たしていて、わたしたちが神と呼ぶ、あの命の本質との確実に絶えることのない関係、あるいは精神的接触(わたしにとって、この言葉はとても表現力があります)をわたしたちが保っていなければならないという事実を学んだことだと思います。わたしたちがじっさいに自分の内部にそれを求め、生きること、つまり、外部で、光、暖かさ、活力を求めて、太陽に向かうのとまさしく同じように、内部からの啓発を求めて、わたしたちの真の自己、あるいはわたしたちの内なる神という、奥底の極みに秘められた、最も深い意識に常に向かうこと、これなしには、この事実はほとんど認識不可能なことです。あなたのなかにある光へと内部に向かうことは、神の臨在のうちに、あるいはあなたの神聖な自己のうちに生きることだと理解して、あなたが意識的に実行すれば、これまであなたが向かい、あなたを夢中にさせていた外部の対象は非現実的なものであると、あなたはたちまち悟るでしょう。
「わたしは、この態度がいわゆる体の健康にとってもつ意味を軽んじるようになりました。なぜなら、体の健康は、前述したような一般的なこころの態度とは別に、偶然の結果としておのずから実現するものであり、なにか特別な精神的行為をしたり、それが欲しいと願ったりしても、見つかるものではないからです。わたしたちがたいてい人生の目標にしているもの、わたしたちみながあれほど狂おしく求めている外部的なもの、わたしたちがたいてい生死をかけているもの、だが、わたしたちに平安と幸福を与えてくれないもの、これらのものは、付属品として、また精神の内部深くに潜む、はるかに高い命の単なる産物、または当然の結果として、ひとりでに生じるはずです。この人生は、神の国を求める現実の探求、わたしたちのこころに神の大権を迎えたいという念願であり、だからこそ、他のものはみな『加えて与えられる』〔マタイによる福音書6-33みたいに――たぶん、まったく偶然に思いがけないものとして――生じるのです。それでもなお、それは、わたしたちの存在のまさしく中心にある平静さという現実を証明しています。
「わたしたちは、一般に、そもそも実現のために力を尽くすべきでないものを人生の目標にするとわたしはいいますが、それは、実業界での成功、作家やアーティスト、医者や法律家としての名声、あるいは慈善事業による名誉といった、世間が賞賛に値し天晴(あっぱ)れであると認める多くのものごとを指しています。そのようなものは、結果であるべきであり、目標ではありません。わたしはまた、当面は無害でよいものと思われ、多くの人たちが受け入れているからと追求されている多種多様な楽しみをもこれに含めます――つまり、さまざまに移ろう慣習や社交、流行のことであり、これらはたいてい大衆に認められていますが、現実に根ざさず、不健全なぜいたくですらあるのです」
ここにもうひとつの事例があって、これはもっと具体的であり、やはり女性のものです。これらの事例をみなさんに読み聞かせるさい、コメントは差し控えます――わたしたちの研究対象である精神状態がいかに多様なものであるか、これらの事例が語ります――
「わたしは幼いころから四〇歳になるまで病人でした。(病状が詳しく書かれていますが、割愛します) 転地の効用を願って、数か月にわたりバーモントに滞在していたとき、着実に弱っていきましたが、一〇月後半のある日の昼下がりに休んでいますと、突然、『あなたは癒され、夢にも思わなかった働きをすることになる』という声が聞こえました。このことばは、とてもインパクトのある印象をわたしのこころに刻みましたので、わたしはすぐさま、神さまだけがこのことばを示せるのだわ、といいました。いつものわたし、そしてわたしの苦しみと虚弱さは、ボストンに戻ったクリスマスまで続きましたが、それにもかかわらず、わたしはそのことばを信じていました。二日もたたないうちに、若い友人がわたしを精神療法家のところへ連れていってあげようとすすめてくれました(一八八一年一月七日のことです)。療法家はこうおっしゃいました。『こころのほか、なにも存在しません。わたしたちはひとつのこころの表れなのです。体はこの世の信条であるにすぎません。人は、考えたとおりのものになります』 わたしは、彼女のおっしゃったことのすべてを受け入れることができませんでしたが、そのすべてをわたしのために次のように言い換えました。『神のほか、なにも存在しない。わたしは神に創造され、完全に神に依存している。こころは、用いるためにわたしに与えられている。わたしがこころをこめて体の正しい働きに意を尽くせば尽くすほど、わたしは、わたしの無知や恐れ、過去の経験の束縛から解放されるだろう』 それにしたがい、その日、わたしは家族に供される食べ物の全品を少しづつ口にしはじめ、常に『胃腸を創造なされた力は、わたしの食べたものの面倒をみなさるに違いない』とみずからに言い聞かせていました。夜のあいだ、これらの忠言を胸にとどめていて、ベッドに入り、『わたしは、魂であり霊、神さまのみこころにあるわたしとひとつ』と言いながら寝つき、夜通し目が覚めることなく眠りましたが、このようなことは数年来ではじめてのことでした(夜中の二時ごろになると、たいてい苦悩発作がぶり返していました)。翌日、わたしは脱走を果たした囚人のように感じ、時がいたれば、わたしに完全な健康を授けてくれる秘密を見つけたと信じました。一〇日間のうちに、他の人たちに供される食べ物はなんでも食べられるようになり、二週間後に、わたし独自の真実に関する前向きな提言をものしはじめましたが、わたしにとって、これらは踏み石のようなものです。以下にいくつか書き記しておきますが、これらはほぼ二週間おきに示されたものです。
「その一。わたしは魂であり、だからわたしは調子がよい。
「その二。わたしは魂であり、だからわたしは健康である。
「その三。わたしのある種の自己省察では、わたしの姿は四足獣のそれであり、体の具合の悪かった箇所のすべてにこぶがあり、顔はわたしのものだったが、その獣はそれがわたし自身であると認めてほしいと迫っていた。わたしは健康であることに断固として注意を集中し、この姿をした古いわたしの自我を見ることさえも拒んだ。
「その四。ふたたび、はるかかなたの背景のなかに弱々しい声の獣の幻影。ふたたび、認知拒否。
「その五。さらにもう一度、幻影が現れたが、もの欲しそうなようすのわたしの目の幻影だけ。ふたたび、拒否。すると、わたしは魂であり、神の完全なみこころの表れであるのだから、わたしは完璧に健康であり、常にそうだったという確信、内面的な意識が生じた。それは、わたしにとって、わたしそのものとわたしの外観との完全で完結した分離だった。このあと、着実にこの真実を確認することによって、また、絶えずわたしの全身を通して健康を表現する程度に応じて(この段階に達するまで、二年かかりましたが)、わたしは首尾よくわたしの真の実在を見失わずにすんでいる。
「その後一九年間のわたしの経験でいえば、この真実を適用して、それが役立たないとわかるようなことは一度もありません。もっとも、わたしは無知のためにしばしば適用しそこねるのですが、失敗をとおして、わたしは幼児の純真で信頼するこころを学びました」
ところで、これほど多くの事例を並べたてて、わたしはみなさんがうんざりするのではと恐れるので、ここでふたたび冷徹な一般論にみなさんを連れ戻すことにします。以上のような体験記録から、精神療法をはなから宗教運動に分類しないわけにはいかないことが、みなさんにおわかりでしょう。わたしたちの命と神の命とがひとつであるという、この信条は、他でもないこのギフォード講座で、みなさんの非常に有能なスコットランドの宗教哲学者たち[52]の何人かによって弁護されてきたキリストのことばの解釈とじっさいに極めて区別しがたいものなのです。
 [52] たとえば、ケアード兄弟。エドワード・ケアードEdward Caird1835-1908)スコットランドのヘーゲル主義神学者〕が一八九〇年から九二年にかけてグラスゴー〔ギフォード講座を開催するスコットランド諸大学のひとつ〕で受け持った講座には、次のような文がふんだんにある――
 「イエスが神の福音を伝える手始めに『時は満ち、神の国は近づいた』〔マルコによる福音書1-15〕といわれたことばは、『神の国はあなたがたの間にある』〔ルカによる福音書17-21〕と答えられたのとほとんど違わずに通底しています。そして、この福音の重要性は、それが、先立つ分裂の時代に生きた最も偉大な聖人たちや預言者たちと『天の国で最も小さな者』〔マタイによる福音書5-19〕との間に、いわば種類の違いを見ているという点にあります。最高の理想が人びとの間近に伝えられ、人間の手の届くところにあると宣言され、人びとは『あなたがたの天の父が完全であるように、完全』〔マタイ5-48〕であるようにと説き聞かされます。イスラエルの信心深い民が、神を単なる国家の神ではなく、エドムやモアブを罰したのと同じように確実に罪のゆえにイスラエルを罰する正義の神と見るように学び、まさしくそれに応じて育んだ神からの疎外感や距離感はもはや当を得ないと宣言されています。また、キリスト教の祈りの典型的な形式は、ユダヤ人の全歴史を通じて絶えず広げられていた、この世とあの世とを比較することをやめるようにと促しています。『天におけるように地の上にも』〔マタイ6-10〕ですね。神から人間が分離しているという感覚は、無限なるものに対する有限者として、全能の善なるものに対する弱くて罪ある者として、じっさいになくなったわけではありません。しかし、もはやその感覚は両者がひとつであるという意識を圧倒しないのです。『子』と『父』ということばは、対立とその限界とを同時に示しています。それは絶対的な対立ではなく、不滅の合一の原理を前提としていて、和解の原理になりうるし、ならなければなりません」
-- The Evolution of Religion, ii. pp. 146, 147.
しかし、一般に哲学者たちが準論理的に悪の存在を説明するのに対して、精神療法家たちは、わたしが接したかぎりですが、世の悪についての一般的な事実である利己主義、苦しみ、臆病な有限の意識について、憶測にもとづく説明をしません。だれにとってもそうであるように、悪は精神療法家にとっても経験的に存在するのですが、実利の観点が優先されますので、それが「理解不能」であるとか「難問」であるとか、くよくよ気に病んだり、福音主義の流儀にならって、その経験の教訓を「じっくり考え」て、時間をつぶしていたりしていては、精神療法の意図に反することになるでしょう。ダンテDante Alighieri1265-1321)フィレンツェ生まれの詩人。『神曲』〕がいうように、悪を論じていないで、一瞥(いちべつ)するだけで越えてゆけ!なのです。それは、無明Avidhya=サンスクリット語〕、無知! 脱却して置き去るもの、克服して忘れ去るものにすぎないのです。エディ夫人Mary Baker Eddy1821-1910)クリスチャン・サイエンス教会創設者〕の教派、いわゆるクリスチャン・サイエンスは、悪の扱いにおいて、精神療法の最も過激な一派です。彼らにとって、悪は単純に虚妄であり、悪を語る人はみな虚言者なのです。楽観主義的な義務の理念は、あからさまな注目にすぎなくとも、悪に敬意を払うことを禁じるのです。これ以降の講義で明らかになるとおり、もちろん、これは悪しき論理の不作為ですが、わたしたちが検討している手法の効用価値と密接に結びついています。精神療法家なら、あなたに善の生きかたを手に入れさせられるというのに、なぜ悪の考えを惜しむのですか?と問うことでしょう。
結局、ものをいうのは生きかたなのです。精神療法は精神衛生の生きた手法を開発し、それが魂のダイエット〔Diätetit der Seeleに関する以前の文献すべてを闇に葬り去ったといっても過言ではありません。この手法には、楽観主義が完全かつ排他的に凝縮(ぎょうしゅく)れています。「悲観は弱さに通じ、楽観は力に通じます」。最も精力的な精神療法作家のひとりが、著作の各頁の末尾に太字で記しているように、「思いは道具である」のです。しかも、あなたがたの思いが、健康、若さ、活力、成功であれば、気づきもしないうちに、これらのものが外界での取り分になるでしょう。根気強く追求すれば、楽観思考の再生作用の影響を受けられない人はいません。すべての人が、この聖なるものへの入り口を例外なくもっています。逆に、恐怖、およびあらゆる萎縮(いしゅく)した利己的な思考様式は、破滅への入口です。ここで、たいがいの精神療法家たちは、思考は“勢力”であり、類は類を呼ぶという法則にもとづき、ある人間の思いは、世界に偏在する同じ性格の思いをみずからの同盟勢力として引き寄せるという教義をもちこみます。そこで、思いによって、他の場から欲求の実現のための応援を得るのです。生きかたの実践の眼目は、心を開いて、天の軍勢を味方に引き入れることにあります。
全般的に見て、精神療法運動とルター派およびウェズレー教派の運動との心理学的類似性に印象づけられます。「救われるためには、わたしはどうすればいいのでしょう?」と、心配げな質問をする徳目と務めの信奉者に対して、ルターとウェズレーは「信じさえすれば、あなたはすでに救われている」と答えました。精神療法家たちもまさに同じ解放のことばを携えて登場します。なるほど、彼らは、救済の概念が(いにしえ)の神学的意味を失っている人たちを相手に語りかけているのですが、それでもやはり、この人たちは同じ永遠の人間の厄介事を抱えて骨折っているのです。万事、調子が悪い。「どうすれば、明朗で正しく、健やかに統合され、調子がよくなれるのでしょうか?」というのが、彼らの質問の形式なのです。回答は、「気づきさえすれば、あなたはすでに調子がよく、健やかで明朗になっている」というものです。わたしが前に引用した著述家たちのひとりは、「ことの全体は、一文に要約できる」といいます。「神は順調であり、あなたもそうなのだ。あなたはみずからの真の実在に目覚めなければならない」
かの昔の福音に説得力をもたらしたものは、人間の大集団の精神的欲求に対するメッセージの妥当性です。表面的にはばかげて聞こえるかもしれませんが、精神療法のメッセージの場合でも、まさしく同じ妥当性が支えています。その影響力の急速な拡大と施療実績を目にして(たぶん、発言の多くに未熟で過度な表現が見受けられる[53]という、まさしくその理由のために)、それが、かの往時の運動とほぼ匹敵するほど、将来の民衆宗教の発展に大きな役割を担う定めになっていないのだろうかと問いたくなります。
 [53] ドレッサー氏の一門は、精神療法体験の様式と学究的な哲学とがますます相互浸透するようになると予測するが、それほど批判的でも合理的でもない諸流派の実質的な勝利を判定するようになるかどうかはまだわからない。
それにしても、ここでわたしは学究肌の聴講生のみなさんの一部に「神経を逆なでされる」思いをさせはじめたのではと恐れます。みなさんとしては、このような現代の奇想天外な動きが品位のあるギフォード講座でこれほど幅を利かすようなことがあってはならないと思われるかもしれません。みなさんには忍耐をひたすらお願いするのみです。わたしとしては、目下の講義シリーズの最終的な成果はさまざまな人間の精神生活が示す途方もない多様性をみなさんのこころに印象づけることにあるように思います。人間の欲求、人間の感受性、人間の器量は、すべてさまざまに異なっており、それぞれ異なった項目ごとに分類されなければなりません。その結果、ほんとうにさまざまに違ったタイプの信仰体験がえられることになります。この講義で健全な精神のタイプの実像に迫るためには、その最も極端な形とわかるものを取りあげなければなりません。性格の個別型を研究する心理学は――わたしたちの講座がその構築に少しだけでも貢献できるかもしれませんが――いまだに概略を描きはじめることさえにも及んでいません。まず銘記しなければならないのは(とりわけわたしたち自身が聖職者・学者・科学者タイプ、公的・伝統的な“正統派”タイプ、“くそまじめ”タイプであり、常習的に部外者を無視する誘惑にとらわれている場合)、自分がそのようなものには参加できないという理由だけで、その現象をわたしたちの知見から締め出してしまうことほどに愚かなふるまいはないということです。
さて、性格の望ましい変化が、公認の道徳家らの定める規則によって促されるのからはほど遠く、かえってこのようなルールがまさに逆転させられたときにこそ――発達段階に応じて、さまざまな程度で――首尾よく実現するという人びとがおびただしい数で存在することが、ルター派の信仰による救い、メスジスト派の回心、それにわたしが精神療法運動と呼ぶもの、これらの歴史によって示されています。公認の道徳家たちは、奮励(ふんれい)努力を緩めてはならないと勧告します。「夜昼かまわず、警戒を怠ってはならない。受身の性根を改めなさい。無為を避けなさい。意思を弓のように張り詰めていなさい」と厳命します。ところが、ここで話題にしている人たちは、この意識的努力のすべてが(いざな)うのは失敗とわが身の苦痛に他ならず、自分たちを以前の二倍にも増して地獄の子どもにするだけであると見抜きます。緊張と自発的な態度とは、その人たちの内部で手に負えない熱と苦痛になります。軸受けが過熱し、ベルトがきつく張ると、機械はまったく動かなくなります。
こういう環境のもとで成功にいたる道は、数えきれないほど多くの信頼できる人たちの発言が請合うように、反・道徳主義による方法、第二講でわたしが言及した“帰依(きえ)〔神仏など卓越した存在に服従し、すがること〕です。能動ではなく受動。いまや緊張ではなく弛緩(しかん)がルールであるべきなのです。責任の感覚を放棄し、わがものを手放し、運命をハイアー・パワーhigher powersより高次の力〕の配慮に委ね、すべてなりゆきに任せて無頓着でいるなら、申しぶんのない内面の安息だけでなく、しばしばそれに加えて、放棄していると虚心に思っていた特定の資質も得られます。これは、自己に対する絶望による救い、ルター神学が説く真に生まれるための死、ヤコブ・ベーメJakob Böhme1575-1624)ドイツの神秘主義思想家〕の書き残したへの移行です。そこに達するには、一般にひとつの臨界点を通過し、こころのなかの曲がり角を曲がらなければなりません。あるものが退き、生まれながらの硬さが崩れ、溶けなければなりません。このできごとは(このあと、たっぷりと見ていくように)、しばしば突発的に、また自動的に起こり、自分は外部の力からの働きかけを受けたという印象を体験者に残します。
その最終的な意義がどのようなものになるにしろ、これは確かに人間体験のひとつの基本的な形です。それを受容できるかできないかが、単なる道徳的人格から宗教的人格を分かつという人たちもいます。それを完全な形で経験する人たちにとって、いかなる批判もその現実に対する疑問を投げかけることはできません。その人たちは知っているのです。個人的な意思の緊張を見限ることによって、ハイアー・パワーをじっさいに感じたのですから。
信仰復興集会の説教師たちがよく語る話に、夜中に断崖を滑り落ちた男のものがあります。男はようやく一本の枝をつかみ、転落を免れましたが、何時間も惨めに枝を握りしめたままになりました。だが、とうとう握力が尽き、人生に絶望的な別れを告げ、落ちるにまかせました。男はたったの六インチ落ちました。もっと早くあがくのをやめていれば、苦しみもだえることもなかったのです。神を完全に信頼し、自分の個人的な強さに頼る習癖を、当てにならない予防策や助けにならない安全策とともに捨てるなら、母なる大地がこの男を受け止めたように、永遠の腕がわたしたちを受け止めてくれると説教師たちは説きます。
精神療法家たちはこの種の体験の範囲を最大限に広げました。リラックスすること、あるがままに任せることによる再生の形は、ルター派のいう信仰により義とされることやウェズレー派〔メソジスト〕のいう無条件の恩寵(おんちょう)を受け入れることと心理学的に区別できないのですが、これが、罪の自覚もなく、ルター神学に関心もない人たちの手が届く範囲にあることを彼らは見せてくれたのです。それは、個人のちっぽけで発作的な自我を休ませ、もっと大きな自我がそこにあると気づくだけのことなのです。遅い早い、大きい小さいに関係なく、楽観と期待が結びついた結果は、つまり努力の放棄にもとづく再生現象は、神学論、汎神観念論、医学唯物論のうち、どの立場の最終的な因果説明を採用しても、人間性の確かな事実であることに変わりありません。[54]
 [54] 有神論は、神の恩寵によって、古い性質が虚心に捨てられた瞬間、新しい性質が人のこころに創造されると説明する。汎神論は(大多数の精神療法家と同じく)、不信や不安という隔離障壁が取り除かれた瞬間、狭量な個人的自我が、もっと広い、またはもっと大きな自我、つまり宇宙の霊(あなた自身の“意識下”自我と同じ)に溶け込むと説明する。医学唯物論は、(この場合、霊的にではなく)生理学的に“より高度な”脳の作用は、規制を追求して、なりゆきを滞らせるだけであり、これを遮断することによって、もっと単純な脳の作用が自動的に動きはじめ、もっと自在に活動すると説明する。三番目の説明が、宇宙の精神・物理的解釈において、他の二つのいずれかと組み合わせられるかどうかはここでは未解明のままである。
信仰復興運動の回心という現象を取り上げるさい、以上のすべてについてもっと学ぶことになるでしょう。いまは、精神療法家の手法について、手短に言及しておきましょう。
もちろん、その手法はおおむね暗示にもとづくものです。環境がおよぼす暗示作用はあらゆる霊性啓発に絶大な役割を担っています。しかし、「暗示」ということばが公認の地位を得て、残念なことに、多様である個別事例の感情に対する問診をすべて回避するために用いられ、多くの分野で研究を興ざめにする役割をすでに演じはじめています。「暗示」とは、信念と行為に有効であるかぎりにおける観念の力の別名であるにすぎません。観念はある人たちに有効であったり、他の人たちに無効であったりします。ある時期、ある人間環境で有効である観念が、別の時期、別の人間環境ではそうではありません。キリスト教会の観念は、昔の諸世紀でどうだったかはいざしらず、現代医学の処方としては無効です。だから、こちらでは塩に味があり、あちらでは味がないというのが、問題のすべてであるとすれば、「暗示」ということばを旗のようにひらひらさせても、解明の役には立ちません。ゴダード博士は、『信仰療法』に関する率直な医学論文において、キリスト教会の観念は普通の暗示となんら変わらないと論じ、「宗教(博士はこれをわたしたちの大衆的なキリスト教を指していっているようです)には、精神治療学にあるものがすべて揃っていて、しかも最良の形で保たれている。(わたしたちの宗教の)観念に従った生きかたは、およそ可能なことをすべてわたしたちに成し遂げさせる」と結論します。しかも、大衆的なキリスト教がまったくなにもしない、あるいは精神療法が救援に駆けつけるまでなにもしなかったという厳然たる事実があるにもかかわらず、そのとおりなのです。[55]
 [55] 教会の内部では、病を天意とみなす傾向が常に優勢だった。それは、懲罰や警告として、あるいは徳を修める機会として、カトリック教会では“功徳”を積む機会として、神からわたしたちのために送られるものである。善良なカトリックの著作家P・ルジューン〔Paul Le Jeune1591-1664)フランス領カナダのイエズス会宣教師〕は、「病は、最もすぐれた身体の苦行、つまり人みずからの選択によらず、じかに神によって課せられる苦行であり、神の御心がじかに発現したものである。モンセニョル〔高位聖職者に対する尊称〕・ゲイは、『他の苦行が銀でできているなら、これは金でできている。それは、原罪に由来するがゆえに、わたしたち自身から生じるにしても、もっと大きな側面では、(ほかのあらゆるものごとと同じく)神の摂理によって生じるのであるから、神の御業に属する。その打撃の義なるかな! 霊験あらたかなるかな!……長患いに耐えることは、苦行のまさしく傑作であり、したがって抑制された魂の勝利であると余はためらわずにいう』と仰せになっている」(Introd. a la Vie Mystique, 1899, p. 218)と書いている。この見解によれば、どんな場合でも、病はあまんじて受け入れるべきであり、ある場合には、病気退散を願うのは冒涜(ぼうとく)にさえなる。
 もちろん、これには例外があり、いつの時代でも、特別な奇跡による治療が教会の境内で認められ、ほとんどすべての聖人が多少なりともこれを施してきた。いまでもこれは可能であるとしたのが、エドワード・アーヴィングEdward Irving 1792-1834=スコットランド教会(カルビン主義長老教会)の教職〕の異端説のひとつだった。ヨハン・クリストフ・ブルームハルトJohann Christoph Blumhardt 1805-80=ドイツのルター派神学者〕の場合、一八四〇年代の初め、患者の側での告解と回心、聖職者の側での祈祷(きとう)による、きわめて純粋な治癒能力がごく自然発生的に生じ、これが三〇年近くのあいだ用いられた。ズンデルによる『ブルームハルトの生涯』(Blumhardts Life by Zundel, 5th edition, Zurich, 1887)は、第九、一〇、一一章および第一七章に、彼の治療活動の全体像を紹介していて、それによれば、彼は常に変わらず治療は神の直接的な介在のおかげであるとしている。ブルームハルトは、きわだって純粋で素朴、非狂信的な性格の人であり、彼のこの方面の働きでは先例にならうことはなかった。現代のシカゴでは、スコットランド人のバプチスト派説教師J・A・ダウィー〔John Alexander Dowie1847-1907)〕がいて、その週刊『癒しの葉』は、一九〇〇年時点で第六巻に達している。彼は、他派の療法を「悪魔のまやかし」とそしり、もっぱら彼のものだけを「神の癒し」としているが、全体として精神療法運動に数えなければならない。精神療法界における信仰の基本条項は、病を受け入れてはならないというものである。病気は、徹頭徹尾、地獄の産物である。神は人間が完全に健康であることをお望みなので、程度の低い取り決めにあまんじてはならないのである。
ある観念が暗示として働くためには、啓示の説得力をもって人に届かなければなりません。健全な精神状態の福音を携えた精神療法は、教会キリスト教が(かたく)ななままに残した多くの人のこころに啓示として届きました。人びとのより高い命の泉を湧きださせたのです。いかなる宗教運動であっても、それまで閉じられていた水の通り路を見つけ、ある人間集団のために泉を解放することを()いて、なにをもって独創性を発揮できるのでしょうか?
個人の信仰、熱意、実例のもつ説得力、そしてなによりも目新しさのもつ説得力が、いつでもこの種の成功における暗示の最大の要因になります。精神療法が公認されて立派になり、地歩を固めてしまえば、これら暗示の効能を高める要素は失われてしまうでしょう。突っ張った段階にある宗教は、きっと安住の地をもたない砂漠のアラブ遊牧民になるはずです。少数派の先鋭的な信仰が多数派の旧来の信仰に歯向かう内部闘争がこじれて障害となり、これは信仰をもたない人たちが聖霊の躍動を妨害することによる障害よりもやっかいだからです。ジョナサン・エドワーズJonathan Edwards 1703-58=米国のカルヴァン主義神学者。信仰復活運動『大いなる覚醒』を推進〕は次のようにいいます――
「冷たく鈍い聖徒たちは自然の人〔*〕よりも有害であり、もっと多くの魂を地獄に導くのであり、こういう聖徒らは死んだほうが人類の福利にかなうと、今日、一部の人たちがいっているのがほんとうであるとして、元気のないキリスト教徒である聖徒らのために祈るとすれば、彼らに活気を与えてくださるか、追放なさるか、どちらかになさってくださいと祈るのがよいだろう」[56]
〔「自然の人は神の霊による事柄を受け入れません」コリントの信徒への手紙一2-16
 [56] この発言はニューイングランドの信仰復興に関する本から引用したものであり、当のエドワーズはこのような祈りをしないようにと(いさ)めているのだが、よそよそしく血の気のない教会員を槍玉にあげて楽しんでいることが容易に読みとれる。
成功のための次の条件は、健全な精神状態を手放すことによる再生の意欲に結びつける人びとが、明らかに、おびただしい数で存在していることです。プロテスタント教会は自然の人に関してあまりにも悲観的であってきましたし、カトリック教会はあまりにも律法主義的、徳目主義的であり、どちらの場合も、これらの成分の一風変わったブレンドでできあがった性格のタイプに寛大なこころで働きかけることができません。ここにいるわたしたちのなかにほとんどいないとしても、このタイプが、世間にけっこうたくさん見受ける特定の心理の組み合わせを構成しているのはいまや明らかです。
最後に、精神療法はわがプロテスタント諸国で前例がないほど大いに潜在意識の力を活用しました。その創始者たちは、道理を尽くした助言と教条的な決めつけに加えて、受け身の脱力、精神集中、瞑想の組織的な練習を採用し、催眠術のようなものに頼りさえもしました。次にいくつかの文章を無作為に引用してみましょう――
「価値、つまり理想の潜在力――内から外への、小から大への発達――は、新思想が力説する偉大な実践的真理である。[57] したがって、この信頼が文字どおりに暗闇のなかの一歩のようなものであっても、思いは理想的な結果に集中していなければならない。[58] これほど効果的に心の向きを決める能力を得るために、新思想は、精神集中の実践、すなわち自制心の獲得を助言する。こころの傾向を整えることを修得し、選ばれた理想によってひとつにまとめられるようにしなければならない。この目的のために、自分ひとりだけで黙想をおこなうための時間を設けるべきであり、その場所は、霊的想念に適した環境の部屋が望ましい。新思想の用語では、これを『沈黙に没入する』という[59]
[57] H. W. Dresser: Voices of Freedom, 46.
[58] Dresser: Living by the spirit, 58.
[59] Dresser: Voices of Freedom, 33.
「忙しい仕事場にいても、騒がしい街路にいても、あなた自身の思いの幕をまわりに張り巡らし、そこにいてもどこにいても、無限の命、愛、知恵、平和、力、豊穣(ほうじょう)の聖霊があなたを案内し、支え、守り、導いていると実感するだけで、沈黙に没入できる時がくるだろう。これが絶えない祈りの人である。[60] わたしが会ったことのあるなかで最も直観力のある人たちのひとりは市役所の事務職員であったが、職場で常に他の数人の男性諸氏が勤務しており、しばしば大きな声を話し合っていた。まわりのさまざまな騒音にまったく邪魔されることのない、この自己に集中した信心深い男は、困ったことがあるといつでも、プライバシーのカーテンを身のまわりに完全に引き、まるで原生林のなかにひとりいるかのように、自分自身の精神的オーラのなかにすっぽりと引きこもったものである。彼は厄介事を直接問いかけるという形で人知を超えた沈黙に持ちこんで、的確な答を期待し、応答があるまでまったくの受け身の姿勢を保ち、それでいて、長年の経験のなかで一度として期待はずれに終わったり見当はずれの答を与えられたりはしなかった[61]
[60] Trine: In Tune with the Infinite, p. 214
[61] Trine: p. 117.
知りたいものですが、これはどの点でカトリックの修道でかくも大きな役割を果たしている“黙想”修行と本質的に違っているのでしょうか? これを別の呼びかたで神の臨在の実践といいますが(またジェレミー・テイラーJeremy Taylor1613-67)英国の主教〕にも例があるように、わたしたち自身の間でもこの呼びかたで知られています)、名高い教育者アルバレス・デ=パスAlvarez de Paz1560-1620)南米リマで神学と哲学を講義〕はこれを黙想に関する著作のなかで次のように定義しています――
「それは、神の黙想、神を思うことであり、あらゆる場所や環境において、神の現身(うつしみ)をわたしたちに見せて、畏れ多くも親しく神と触れ合うようにさせ、神への欲求と愛とでわたしたちを満たす……あなたはすべての悪から逃げたいだろうか? 栄華にあっても、逆境にあっても、どのような場合でも、この神の面影を失わないように。神があなたをご覧になっていることを、あなたが神の面前にいることを常に思い出せるのだから、困難だからとか、大事な用件を抱えているからとか、本務を捨てる口実にしてはならない。一時間に千回神を忘れるようなら、千回、記憶を新たに奮い起こすように。不断にこの修行をすることができないようならば、できるだけこの修行に親しむように。厳しい冬に、できるだけしばしば火のそばに寄るように、熱く燃えて、あなたの魂を暖める、あの火にできるだけしばしば向かうように」[62]
[62] Lejeune: Introd. a la vie Mystique, 1899, p. 66の引用による。
カトリック修道が外形的に連想させるものは、もちろんすべて精神療法の考えかたのどれとも似てはいませんが、修行の純粋に霊的な側面のみに着目すれば、両者ともまったく変わりませんし、いずれの宗旨でも、霊的側面を力説する人たちは明らかに本人が体験したことを語っていますので、権威をもって書き記しています。ここでもう一度、精神療法の語り口を比べてみましょう――
「高尚で健全、純粋な思考は、奮い起こし、促し、強めることができる。思考の流れは崇高な理想に向けられ、ついにはそれが習い性となり、水路をうがつことが可能になる。このような修練を手段とすることによって、精神の視界に、美、健康、調和の陽光があふれるようになる。純粋で高邁(こうまい)な思考を覚醒させることは、最初はむつかしく思え、ほとんど機械的であるかもしれないが、忍耐によって、長い間にそれがやさしくなり、やがて楽しくなって、ついには喜びに満ちたものになる。
「魂の現実世界は、魂がその思想、精神状態、想像力で築いたものである。決意するなら、わたしたちは感覚的な下界の地平に背を向け、霊性と真実の領域へとみずからを引き上げて、そこに居所を得ることができる。待ち望み、受け容れる状態を思い浮かべれば、霊の陽光が誘いこまれ、大気が真空を満たすごとく自然に流れこむだろう……頭が日課や職務で占められていないとき、いつも思いを霊の大気圏の高みへと馳せるべきである。日中には静かな余暇の瞬間があり、夜には目覚めている時間があるので、そういうとき、大いに効果のあがる健全で喜びにみちた修練が可能になるだろう。思考力を高めて制御する努力を系統的にしたことが一度もない人が、たった一か月、ここに提案されている訓練を熱心におこなうなら、その結果に驚き、喜ぶことになり、どんなことがあっても、軽率で目的もなく、底の浅い思考に連れ戻されなくなるだろう。そのような好ましい時期には、外界は日常のできごとの流れ全体とともに締め出され、人は魂の内院の静かな聖域におもむき、神と交わり、飛翔する。霊的聴覚が精妙に鋭くなり、『静かで小さな声』が聞こえ、外界感覚の騒がしい波が収められ、大いなる静寂が存在する。自我は自分が、神聖なる存在、わたしたち自身よりも近い、力、癒し、愛の父なる命と向き合っていると次第に気づくようになる。そこに親なる魂との魂の触れあいがあり、涸れることのない泉から、命、愛、徳、健やかさ、幸福が流れこむ」[63]
[63] Henry Wood: Ideal suggestion through Mental Photography, pp. 51, 70, 要約。
わたしたちが神秘主義の講義テーマに達するとき、みなさんはこのような意識の高揚状態の浸礼〔全身を水に浸す洗礼〕をとても深く経験することになりますので、いってしまうなら、全身びしょびしょになります。そのごく小さな滴が身にかかるだけでみなさんの念頭に浮かぶかもしれない疑惑――このような書き物すべては、他者を説得するための単なる観念的なお話しpour encourager les autres=フランス語〕やレトリックにすぎないのでは、という疑い――がもよおす冷ややかな身震いは、とっくに昔の話しになっているでしょう。いっておきますが、この「〔神人〕合一」という意識状態はまったく明確な類いの体験であって、ときおり魂はこれに没入することがあり、これによって人は心得のある他のどんなものによって生きるよりも深い意味で生きるのかもしれない、とみなさんは納得なさっていることでしょう。ここで、わたしは全般論としての哲学的考察に移れるのですが、それをもって、健全な精神状態のテーマから離れ、すでにたっぷりと長くなりすぎた話題をおしまいにするべきなのでしょう。その哲学的考察とは、この組織化された健全な精神状態の、精神療法信仰における科学的手法および科学的生活に対する関係にかかわるものです。
後日の講義のさい、一方で科学に対する、他方で太古の未開人思考に対する宗教の関係について明確に論じなければならなくなるでしょう。今日、宗教思想は、見識ある人文科学がずっと昔に置き去りにし、抜け出た意識類型の単なる残存種や隔世遺伝的な先祖返りであるにすぎないと説くはずの――「科学者」とか「実証主義者」とか自称するのが好きな――人たちがどっさりいます。そういう人たちにお説をもっと詳しくご説明いただけますかとお願いすると、おそらく、原始思考の場合、万物を人格性の形で考えるというでしょう。未開人はものごとが人間の力によって個別目的のために動くと考えます。未開人にとって、外界の自然さえもが個別の要求や申し立てに従いますので、まるで要求や申し立てがとても数多い基本的な力であるかのようです。他方の実証主義者たちは、人格は自然における基本的な力であることからほど遠く、物質的、化学的、生理的、精神物理的といった、すべて本質において非人格的・一般的である、真に基本的な諸力が合わさった受身の産物であると今日では科学が証明しているといいます。個人的なものは、なんらかの宇宙法則に従い、それを具体化する場合を除いて、宇宙におけるなにごとも成就しません。では、どのような手段で科学がこのように未開思想の地位を奪い、ものごとの人格的な見かたを否定したのですかと彼らにお伺いするとしますと、実験による検証という手段を厳密に用いることによってであると疑いなくいうでしょう。科学の概念、人格性をすべて無視する概念をどこまでも実地に即して追求すれば、常に確証を得られるとそういう人たちはいうでしょう。世界は、みなさんの予測を非人格的・普遍的なものとして推論するという条件を守るかぎりにおいて、またそのかぎりにおいてのみ、その予測をすべて経験的に検証できるというふうにできています。
だが、ここに精神療法が登場し、正反対の哲学を掲げながら、まさに同一の主張を唱えているのです。あたかも自分が正しいかのように生きなさい、と精神療法はいいます。そうすれば、日常生活があなたの正しさを実地に証明してくれるというわけですね。自然をコントロールするエネルギーが人格的なものであること、あなたがたご自身の私的な思いがエネルギーであること、および宇宙の諸力があなたがたの個人的な訴えや要求にじかに反応することは、あなたがたの心身の体験の全体が立証するはずの命題なのです。また、経験がこのような原始時代の宗教観念をおおむね実証していることは、精神療法運動がこのように普及しているという事実によって、単なる言明や主張でなく、手応えのある経験にもとづく結果として証明されます。ここに、まさしく科学の権威が絶大であるさなか、精神療法運動は科学哲学に対する積極果敢な戦闘を遂行し、科学自体の独特な戦法と武器を用いて成功しています。わが身を委ね、精神療法を用いると同意しさえすれば、ハイアー・パワーはわたしたちが自分の世話をするよりも上手にわたしたちの面倒をなんらかの形で見てくれると信じるなら、精神療法は非難されなくなるだけでなく、観察によって裏付けられて、信頼を確立するでしょう。
どのように回心がなされ、改宗者が信念を確かなものにするのかは、すでに引用した体験談によってじゅうぶん明かされています。それでも、短いものを二つ引用して、問題を完璧に具体的なものにしておきましょう。ひとつは、こうです――
「わたしが教えを生かしはじめたころの体験のひとつは、はじめて治療家に会ってから二か月後のものでした。わたしは転倒し、足首を(くじ)いたのですが、かつて四年前にもそこを挫いてしまったことがあり、そのときは何か月か松葉杖と伸縮性の留め具を用いなければならず、その後ずっと痛めないように気をつけていました。立ち上がってすぐに、わたしは次のような前向きの暗示をかけました(そして、その暗示をわたしの存在全体で感じました)――『神の他なにもなく、命すべてがそっくり神からもたらされる。わたしが捻挫(ねんざ)したり、傷ついたりすることはありえない。神に面倒を見ていただこう』。さて、わたしは足首に痛みを覚えず、その日、二マイル歩きました」
次にあげる事例は、実験と検証だけでなく、先ほど説明した受動性と帰依の要素をも明示しています――
「ある朝、わたしは町へ買い物に出かけたのですが、さほど行かないうちに具合が悪くなりました。気分が急に悪くなり、ついには体中の節ぶしの痛み、吐き気と脱力、頭痛、つまりインフルエンザ発症の先触れの兆候のすべてが現れました。わたしは、ボストンで蔓延していた流感、あるいはもっと悪い病気にかかろうとしているのだと思いました。そのとき、冬じゅう聴講していた精神療法講座が念頭に浮かび、これはいま自分で試してみる機会であると考えました。帰宅途中、友だちに出会ったのですが、いくらか努力して、自分の気分を彼女に話すのを控えました。それが第一ステップの達成でした。ベッドに直行すると、わたしの夫は医者の往診を望みました。でも、わたしは、朝まで待って、どんな気分になるか様子を見てみると夫に告げました。すると、わたしの人生で最もすばらしい体験のひとつが始まったのです。
「わたしは『命の流れに身を横たえ、それがわたしのうえを流れるがままにしているのだ』という以外にそれを表現するすべを知りません。わたしは、差し迫った病気の恐れをすべて放棄しました。わたしは完全に意欲的で従順でした。知的な努力も思考の営みもありませんでした。わたしの支配的な思いは、『わたしは主のはしため〔召使女〕です。おことばどおり、この身に成りますように』〔ルカによる福音書138というものであり、すべてよくなり、すべてよしという完全な信頼でした。創造の命が刻一刻とわたしに流れこみ、わたしは、永遠者と結ばれ、調和し、理解を超えた平和で満たされていると感じました。わたしのこころには、(さわ)りのある体が入りこむ余地はありませんでした。わたしには時間や空間や人間の意識がなく、あるのは愛と幸福と信仰の意識だけでした。
「この状態がどれほど続いたのか、いつ眠りに落ちたのか、わかりません。でも、朝、目覚めたとき、わたしはよくなっていました
これらは、ごくありふれた事例です[64]が、仮にもそれらの事例になにかあるとすれば、実験と検証の方法があります。この患者たちは自分の想像の産物に(あざむ)かれた犠牲者なのだとみなさんが思っていてもいなくても、いまわたしがいおうとしている要点にとって違いはありません。試してみた実験によって自分自身が(いや)されたと思えたことが、その人たちにとって精神療法理論の信者になるのにじゅうぶんだったのです。このような結果を得るのには、特定の気質の人でなければならないのは明らかですが(だれもが満足できるほどに癒されるわけではないのは、最初に往診を頼んだ正規の開業医によって、だれもが治してもらえるわけではないのと同じですから)、それでも、精神療法の未開で原始的な哲学をこのような実験で検証できた人たちに向かって、そういうのはよしにして、もっと科学的な治療法に頼りなさいと指示するのは、知ったかぶりの大きなお世話でしょう。これらすべてをどう考えればよいのでしょう? 科学は口出しの幅を広げすぎているのでしょうか?
 [64] 今回の講義録に付録を設け、友人たちに提供していただいた事例を二件掲載しておくので、参照のこと。
セクト的な科学者の主張は、控えめにいっても未熟であるとわたしは信じます。わたしたちがこの時間中に研究してきた体験は(非常に多くのほかの種類の宗教体験も似たようなものですが)、宇宙が、いかなる教派が認めるものよりも、科学教派が認めるものさえよりも、もっと多面的なものであることを端的に示しています。わたしたちのこころが構成する、多かれ少なかれ孤立した観念体系(概念体系)と合致する検証とは、体験を()いて、結局、なんなのでしょうか? しかし、常識という名のもとに、なぜわたしたちは、たったひとつのそのような観念体系が正しいはずだと決めてかかる必要があるのでしょうか? わたしたちの体験全体から明らかな結果としてわかることですが、世界は多くの観念体系にもとづいて扱えるものであり、さまざまに異なった人たちにそのように扱われていて、その度ごとに、働きかける人が望んでいた特定の種類の利益を与えるのですが、それと同時に、別種の利益は排除されたり、繰り延べされたりします。科学は、電信や電気照明、診察、一定規模の病気の予防と治療をわたしたち全員に与えてくれます。精神療法の形になった宗教は、平安、心の安定、幸福をわたしたちの一部に与えてくれ、科学と同じようにある形態の病気を予防し、特定の部類の人たちには、もっと効果的に働きます。ここで明白なことに、科学と宗教とは、その両方とも、いずれかを実地に用いる人が世界の財宝庫を開くための(かぎ)になります。同じく明白なことに、そのいずれも万能であったり、他方の同時使用を排除したりするものでもありません。ではなぜ、結局、世界は相互に浸透する現実の諸領域からなる複雑なものであり、数学者たちが、幾何学や解析幾何学、代数学や微積分学、あるいは四元法算法を用いて同じ数字や空間の事実を扱い、いずれの場合も正解をえるのと同じように、わたしたちは、代わる代わる異なった概念を用い、異なった態度を取りつつ、世界に迫ってはいけないのでしょうか? この意味で、宗教と科学とは、それぞれが時々刻々と世代から世代へと独自の検証を受けながら、永遠に共存するのでしょう。原始思考は、その個性を備える人格の力とともに、これまでと同様、現代の現場から科学によって追放されるものではとうていありません。相当数の教養人たちが、それを、現実との交渉を続けるための最も直接的な体験経路であると考えているのです。[65]
 [65] たいていの哲学者たちが想定するように、さまざまな領域や体系が、いつかひとつの絶対概念に統合されるかどうか、もしそうなら、いかにしてその概念が達成されるのかは、将来においてのみ答えられる設問である。いまの時点で確かなのは、異なる概念の諸系列があって、それぞれが世界の真実の特定部分に対応し、それぞれがある程度まで検証され、それぞれが現実体験の特定部分を放置しているという事実である。
精神療法の事例が、すぐ使えるようにわたしの手元にありますので、これら最終的な事実にみなさんの注意を向けるために用いたい誘惑に抗しかねますが、今日のところ、このような非常に短い指摘のみで満足しなければなりません。後ほどの講義で、宗教の科学・未開思考両者に対する関係に、もっと明確な形で注意を向けることになります。
付録(注[64]を受けて)
事例一 「わたしの体験はこうです。わたしは久しい前から健康がすぐれず、病気の最初の結果のひとつが一二年まえに現れた複視〔ひとつの物体がダブって見えること〕であり、そのため、読み書きすることがほぼ完全にできなくなっていましたが、近ごろの症状では、眼を使えば、ひどい消耗の罰をたちまち受けるようになり、あらゆる類いの営みもできなくなりました。ヨーロッパとアメリカの両方で最高水準の医師たちに診ていただき、この人たちの力量なら治していただけると大いに信頼しましたが、結果は変わらないか、かえって悪かっただけでした。そして、どんどん見込みがなくなるようだと思っていたとき、わたしはあることを聞きつけ、おかげで精神療法に興味をもったので試してみることにしました。これがなにかのためになると大きな望みを抱いたのではありません――ひとつには、精神療法が開くと思われた新しい可能性に興味があったので、もうひとつには、そのとき精神療法がわたしの視野に入る唯一の可能性だったので、わたしはこのチャンスを試してみたのです。何人かのわたしの友人たちが、ボストンのXに大いに助けられ、あるいは助けられたと思っていましたので、わたしはその人を訪問しました。治療は無言のものでした。ことばはほとんど交わされず、交わされたわずかなことばはわたしのこころに確信を伝えませんでしたが、影響力を発揮していたものがあったとすれば、それは、わたしたちが一緒に静かに座っていたとき、わたしの無意識のこころへと、いわばわたしの神経系へと無言のうちに投射されるもうひとりの人の思いまたは感じでした。わたしは、精神の力がよくも悪くも身体の神経活動を形成することを知っていましたし、証明されていないにしろ、テレパシーはありうると考えていましたので、そもそものはじめからそのような作用の可能性を信じていましたが、可能性以上の信頼を置いていませんでしたし、想像力がたくましく働いているかもしれないそれに関するわたしの考えに結びつくような、強い確信も、神秘的または宗教的な信仰も持ちあわせていませんでした。
「わたしは、毎日半時間、療法家とともに静かに座っていましたが、最初はなんの効果もありませんでした。ところが、一〇日ばかりたつと、わたしは、まったく唐突また急激に、わたしのうちに満ちる新しいエネルギーの潮流、古い滞留箇所を乗り越える力の感覚、以前には何度も試みたけれども登るにはあまりにも高い、わたしの生のまわりに久しく揺るぎなくそびえる障壁を打ち破る力を意識しました。わたしは、何年もしたことがなかったのに、読んだり歩いたりしはじめたのですが、その変化は、突然で顕著、まぎれもないものでした。この潮流は、何週間か、たぶん三ないし四週間、満ちたようですが、夏が来て、何か月かあとに診療を再開することにして、わたしは帰宅しました。わたしの得た高揚はいつまでもつづくとわかり、おかげで、わたしは見込みを失うのではなく、それを得たのですが、この高揚にもかかわらず、影響力はいくぶん減じたようであり、力の真実に対するわたしの確信は、このはじめての体験から大いに強められ、それに対するわたしの信頼が、そこに働く有力な要因であったなら、健康と強さのためにさらに役立ったのでしょうが、その後、信頼が乏しく、期待に疑いが混じっていましたので、最初に試したときに実現したほど強烈で鮮明な結果は得られなくなりました。このようなできごとの証拠をすべてことばにする、結論の根拠になったものすべてを明確な陳述にするのは難しいですが、そのころ、わたしが達し、その後も抱いてきた結論を(少なくとも、わたし自身に対して)正当化する証拠がたくさんあり、あのときにわたしの身に起こった身体上の変化は、ひとつには、精神状態の変化によってもたらされた変化の結果であるとわたしは感じていました。ふたつには、あの精神状態の変化は、きわめて二次的な影響は別ですが、(たか)ぶった想像力の産物でも、催眠術の類いの意識的に受けとった暗示でもありませんでした。最後に、この変化は、もっと健全でもっと活気に満ちた態度の思念をわたしに認識させようと意図したもうひとりの人間が、その思いをわたしに向け、わたしがその態度を、テレパシーによって、直感意識レベルよりももっと下部にある精神階層で受けとった結果であるとわたしは信じています。わたしの場合、病気は、器官ではなく、神経のものと分類されるべきものでした。ですが、このように観察する機会を得たわたしにすれば、このような線引きは恣意(しい)的なものであるという結論になり、神経は全身の体内活動と栄養を制御しているのです。それにわたしは、中枢神経系は、局部中枢を始動したり抑止したりして、有効に働きさえすれば、どのような類いの病気にも絶大な影響をおよぼすことができると信じています。わたしの判断では、問題は単純にそれを有効に働かせる方法にあり、精神療法によって得られる結果の不確実性と著しいばらつきは、いまだにわたしたちが、作用している力について、そしてそれを有効にするのに必要な手段について無知であることを示していることに他なりません。このような結果が偶然の積み重ねでないことは、わたし自身や他の人たちを観察しましたので、確かなことです。意識的な精神、つまり想像力が多くの事例で一要因として入りこむのは、疑いのない事実ですが、他の多くの事例で、とりわけ非常に異常な事例では、それが入りこむことはとても考えられません。全体的に見て、回復作用は、発病作用のように、本来より無意識である心のレベルから現れるので、最大で最も効果的な印象は、いまだに未知だが精妙な経路によって、それがもっと健康な精神から直接受けとるものであり、隠された共感の法則によって、それはその健康な精神状態を再生産するという考えにわたしは傾いています」
事例二 「友人たちがうるさく迫りますので、(たぶん、以前にクリスチャン・サイエンス信者に頼んでうまくいかなかった経験があるものですから)信頼もせず、ほとんど期待しないまま、わが家の幼い娘は治療家の手当てを受けることになったのですが、医者が匙を投げたような疾患が治ってしまいました。そこで、わたしは興味をもち、この療法の方式と哲学を学びはじめました。しだいにこころの平安と落ちつきがわたしに訪れ、それがプラスに働いて、わたしの礼節は大きく変わりました。わたしの子どもたちや友人たちはその変わりように気づき、それについて口にしました。いらいらした感情はすべて消え去りました。顔の表情さえも目に見えて変わりました。
「わたしは頑固者で、議論となると、公私ところかまわず攻撃的になり、偏屈(へんくつ)になっていました。わたしは、他人の意見に対して大幅に寛容になり耳を傾けるようになりました。神経過敏で怒りっぽく、当時は消化不良とカタルのせいだと思っていたのですが、週に二、三回は偏頭痛を抱えながら帰宅していました。わたしは穏やかで親切になり、身体の不具合は完全に消えてしまいました。ほとんど病的な恐れを抱きながら商談に向かうのが習いになっていました。いまのわたしは、自信と心の落ちつきをもって、だれとでも会います。
「成長の道はいつも身勝手さを消し去る方向に向かっていたといってもよいでしょう。消えるのは単に粗雑で肉欲的な姿だけというわけではなく、悲哀、嘆き、後悔、嫉妬などに表されるような微妙で一般的には認識されていない形のものも含みます。内在する神と人間の真実な内なる自我の神性に対する実用的で生きた理解の方向に向かっていたのです」
リンク: 目次

2012年3月11日日曜日

イムジン河 (ふくしまバージョン)

310日、JR郡山駅前ビッグアイ7F市民プラザ『原発いらない 地球(いのち)のつどい』交流会で披露・合唱された往年の名曲(オリジナル:フォーク・クルセイダーズ)『イムジン河』の替え歌――

歌 & 替え歌 シーナ & テント Brothers
E D#m A B7 E
1
E       D#m    A    E
阿武隈川 水清く とうとうと流る
D#m   E   A#m    F#m E
水鳥自由に 群がり 飛びかうよ
D#m       E     D#m  B7
わがふるさと 福島よ 想いは遥か
D#m     A     F#m  B7  E
阿武隈川 水清く とうとうと流る

2
E          D#m   A   E
安達太良の大地から 未来の空へ
D#m       E    D#m  F#m  E
飛びゆく子どもたち みらいの たから
D#m       E    D#m    B7
だれが福島をちりじりに させてしまったの?
D#m    A    F#m  B7   E
だれが 福島を 壊してしまったの?
3
E       D#m   A      E
阿武隈川 空高く 虹よ架かっておくれ
D#m   E     A#m F#m E
川よ 想いを 伝えておくれ
D#m     E      D#m  B7
ふるさとをいつまでも 忘れはしない
D#m    A    F#m  B7  E
阿武隈川 水清く とうとうと流る

*[1]を繰り返し


2012年2月19日日曜日

W・ジェームズ『人それぞれの信仰体験』 第3講:   見えないものの正体



凡例: [原注] 〔訳注〕  リンク: 目次 原文サイト
  
第三講
見えないものの正体
LECTURE III
THE REALITY OF THE UNSEEN
知覚対象 VS 抽象概念――抽象概念が信念におよぼす影響力――カントの神学的純粋理性――わたしたちは特殊感覚に与えられたもの以外に現実感をもつ――「現存感」の例――実在しないものの感触――神聖なるものが現存する感覚:その例――神秘体験:その例――その他の、神が現存する感覚の事例――理性にもとづかない体験の説得力――信念確立にさいする合理主義の劣等性――個々人の宗教的態度において、熱狂または厳粛さのどちらかが肝要
宗教の核心をできるだけわかりやすい一般用語で特徴づけなさいと求められれば、それは、見えない秩序があり、われわれの至上善は自己をその秩序と調和するように順応することにあるという信念によって成り立っているといえばよいでしょう。この信念および順応が魂における宗教的態度なのです。この時間では、このような態度、もしくはわたしたちの目に見えない対象に対する信仰のもつ、いくつかの心理学的特性にみなさんの注意を向けさせたいと願っています。宗教であれ、道徳、実務、あるいは感情であれ、わたしたちの態度はすべて、意識の“対象”、つまり現実であるか観念であるかを問わず、自分自身と同様に存在するとわたしたちが信じる事物にかかわっています。そのような対象は感覚上の存在かもしれず、あるいは単に思索上の存在かもしれません。どちらにしても、対象はわたしたちから反応を呼び起こしますし、よくいわれるように、多くの場合、思索上のものごとによる反応は、感覚上のものごとによる反応と同じように強い。むしろ、もっと強いかもしれません。侮辱(ぶじょく)を受けると、その場でよりも、後になってから思い出し、もっと強く怒るかもしれません。失態をさらせば、そのときより、後になって恥ずかしくなることがよくあるものですし、また一般的に、良識と道徳に則した高尚な生きかたのすべては、現実に存在する肉体的感覚のほうが、離れた場の事実に関する観念よりも、わたしたちの行為におよぼす影響力が弱いという事実にもとづいています。
たいがいの人たちが信仰する具体的な対象、崇拝する神がみは、ただ観念として彼らに知られています。たとえば、救世主の知覚しうるヴィジョンに出会うのは、非常に少数のキリスト教信徒たちに恵まれた特典であってきました。もっとも、この種の顕現は、記録に奇跡的な例外としてかなり残されていますので、後で注目してみるだけの価値はあります。したがって、人格神信仰が信徒たちの一般的な態度を決めるかぎり、キリスト信仰の力はすべて、総体的に単なる観念を手段として発揮されるのであり、そこでは個人の過去の経験がじかに規範として働いているわけではありません。
だが、宗教には、これら具体的な信仰対象の観念に加えて、同等の力をもつ抽象的な対象がいっぱいあります。神のさまざまな属性、すなわち神の聖性、神の義、神の恵み、神の絶対性、神の無限性、神の全知、神の三位(さんみ)一体〔*〕贖罪(しょくざい)のさいのさまざまな神秘、秘跡の儀式などは、キリスト教信者を高揚させる瞑想の豊潤(ほうじゅん)な泉であってきました。[21] 後で検討しますが、あらゆる宗教の神秘主義の権威者たちは、決定的に知覚しうる姿のないことが、実りある祈り、あるいは高きにある聖なる真理の黙想の必須条件(sine qua non)であると力説しています。そのような黙想が、善を求める信者たちのその後の態度に非常に強力な影響を与えると期待されるのです(そして、これもまた後でみるように、この期待はたっぷりと応えられます)。
〔父(創造主)・子(キリスト)・聖霊の三位は、唯一の神が三つの姿で現れたものであり、もとは一体であるとする教理〕
 [21] 例「わたしは最近、聖霊の人格性、およびその父なる神と子なる神との相違点を明かす聖句を瞑想していて、大きな慰めをえました。解明するためには探求が必要なテーマなのですが、いったん感得すると、神の満ちてあること、わたしたちの内なる御業(みわざ)、またわたしたちに対する御業について、単にわたしたちに働きかける聖霊を考えるだけよりも、なおいっそう真実で生き生きした理解を与えてくれますAugustus Hare (1834‑1903 英国の作家) : Memorials, i. 244, Maria Hare to Lucy H. Hare.
イマヌエル・カントImmanuel Kant1724-1804)ドイツ観念論哲学の祖〕は、神、天地創造の目的、魂、魂の自由、死後の生といった信念の対象について、風変わりな説をかかげました。こういうのは知の対象ではまったくないとするのが適当であろう、というのです。わたしたちの概念は常に知覚内容と連動していることが必要ですが、「魂」「神」「不死性」といった語は、いかなる個別の知覚内容も対象としていませんので、理論的にいって、なんの意味もないことばです。それでも、まったく奇妙なことに、わたしたちの行動のためには、決定的な意味があるのです。わたしたちは、まるで神が実在するかのようにして行動し、まるで自由であるかのように感じ、自然をまるで特別な計画があるかのように考え、自分がまるで不死であるかのように計画を立てることができ、そして、これらのことばがわたしたちの道徳生活にじっさいの違いをもたらすと知るのです。したがって、これら理解を超えた対象が実在すると考える、わたしたちの信念は、それらのものを思い描くことがまさしく許されている場合、カントのいう実用的な観点praktischer Hinsichtにおいて、つまりわたしたちの行動にかかわる観点に立てば、それらがなにであるかについての知識と等しいものだとわかります。だからわたしたちには、カントが納得させてくれるように、どれひとつとして、いかなる概念をも形づくらないようなものごとの実在を信じて疑わない、不思議な精神現象があるのです。
このようにカントの説を思い起こしていただいた、わたしの意図は、カント哲学の格別に荒っぽいこの部分の正確さについて、なんらかの意見を述べることにあるのではなく、わたしたちの考察の対象としている人間性の特質を、誇張表現としてとても名高い例を用いて明確にしたいだけのことです。実在するという思いは、じっさいわたしたちの信念の対象にとても固く貼りつくものですので、いってみれば、信じるものが存在するという意識のために、わたしたちの生きかた全体が徹底的に一極化してしまうのですが、それでいて、的確にそれを叙述しようとしても、わたしたちの知性にとって、それが存在しているとは全然いえないのです。それは、鉄の棒が触覚や視覚をもたず、なんの表現手段もないのに、まるで磁力に感応する内面的な能力を与えられているかのように見えるようなものであり、また、そばで磁石をあちらこちらへと動かせば、さまざまに磁気が引き起こされ、あたかもいろいろな姿勢や向きが意識的に決められているかのように見えるようなものです。この鉄の棒は、自分をこれほど動かす強大な力がある作用について外部に説明することはできませんが、それでも、その作用が実在すること、そしてそれがみずからのありかたにとって重要であることを全身全霊で意識していることでしょう。
わたしたちがことばで説明する能力のない存在をありありと感じさせる、この力をもっているものは、カントのいわゆる純粋理性概念だけではありません。ありとあらゆる高次の抽象概念が、同種の名状しがたい訴求力を備えています。前回の講義で読みあげたエマソンの詩句を思い出してみましょう。わたしたちが知るとおりの具体的事物の宇宙全体は、このような超越主義作家のためだけでなく、わたしたちみなのために、より広く、より高次の抽象概念宇宙のなかに浮かび、その意義を示しているのです。時間や空間、エーテルがすべての事物に浸透しているように、(わたしたちの感じでは)抽象的で基本的な善、美、強さ、意味、正義は、あらゆるよいもの、強いもの、意味あるもの、正しいものに浸透しています。
このような概念や他の同じように抽象的なものが、わたしたちのあらゆる事実の背景となり、わたしたちが思い描くあらゆる可能性の源泉となっています。これらが、あらゆる特定の事物に、わたしたちのいう「特質」をもたらしています。わたしたちの知るすべての事物は、これらの抽象概念のひとつのもつ性格を分かちもつことによって、「なんらかのもの」となっています。抽象概念には形がなく、特徴がなく、実体がありませんので、直視できませんが、わたしたちはこれを手段として他のあらゆる事物を把握することになるものですから、これらの心的対象、これら形容詞や副詞、述語、分類や概念の項目を見失うようなことがあるだけで、現実世界に対処するにあたり、自分にはどうすることもできないと知って、びっくりすることになるでしょう。
このように抽象概念が、わたしたちのこころを疑問の余地なく決めることができるということは、人間性の本質の基本的な事実のひとつです。抽象概念がわたしたちを偏らせたり、惹きつけたりしますが、わたしたちのほうも、まさしく数多くの具体的事物であるかのように、抽象概念に向かったり、退いたり、求めたり、抱きしめたり、憎んだり、祝福したりします。抽象概念は実在、変転する知覚対象事物が空間領域に存在するのと同じほどリアルなもの、それらが宿る領域における実在なのです。
プラトンPlatonBC427-347)アテナイの哲学者〕は、この人類共通の感じかたを鮮明かつ印象的に擁護しましたので、それ以来ずっと、抽象的対象の実在を唱える学説は、プラトン学派のイデア論〔流転する物質界の背後にある理想的な雛形(ひながた)をイデアとし、それを真の存在とする説〕として知られるようになりました。たとえば、美の抽象概念は、プラトンにとって、完璧に明確な個別存在であり、地上の滅びの定めにあるあらゆる美に加えられたあるものとして、知性はこれに気づいています。プラトンの『饗宴(きょうえん)』に、たびたび引用される一節があり、そこで彼は、「進みかたの真の順序は、地上の美を踏み段に用いて、あの他の美に達するためにその脚立を昇ることにあり、ひとつの姿からふたつ姿へと、ふたつの姿からあらゆる美しい姿へと、美しい姿から美しい行為へと、美しい行為から美しい概念へと、さらには美しい概念から絶対美の概念へと到達し、最終的に美のなんたるかを知るのである」[22]といっています。前回の講義で、エマソンのようなプラトン哲学を説く作家が、事物の抽象的な神々(こうごう)しさ、宇宙の道徳構造を、礼拝に値する事実として扱う考えかた少し触れておきました。今日、倫理団体の名のもとに世界中に広まっている、神を奉じない例のさまざまな教会にも、抽象的な聖性、究極的な対象として信じる道徳律が見受けられます。多くの人間のこころに宿る“科学”はまさしく宗教の位置を占めています。このようなしだいで、科学者たちは“自然法則”を崇めるべき客観的事実として扱っています。ギリシャ神話解釈の頭脳明晰な一派は、ギリシャの神がみは、その起源を探ると、自然界を分割する抽象的な法則・秩序の広大な領域――天界、海洋界、地上界、その他の同類――の半ば比喩的な擬人化にすぎないとしています。同じように、現代でさえ、朝の微笑み、そよ風のキス、体に食いこむ寒さなどといいますが、別に自然現象が人間の顔をしていることを意味しているわけではありません。[23]
[22] Symposium, Jowett, 1871, i. 527.
[23] 例「自然は、どのような側面を見せていても、とても興味深いので、雨が降るとき、わたしには美しい女性がすすり泣いているように見える。彼女は、悩みが深まるほどに美しくなる」B. de St. Pierre
ギリシャの神がみの起源について、いまのところ意見を求めるまでもありません。ですが、ここに列挙した例のことごとくが次のような言いかたに似た結論に通じます。すなわち、人間の意識に、実在感覚、客観的に存在している感覚、現代心理学が存在する現実が独自の形で露わになると想定している特殊で異様な“知覚”のどんなものよりも深遠で一般的である「そこにあるなにか」とでもいってよさそうなものに対する知覚があるかのようです。もしそうなら、感覚がいつでもそうするように、この現実感は喚起(かんき)されたとたん、わたしたちの態度や行為を引き起こすと考えてもよさそうです。ですが、他のいかなるものも、たとえば、いかなる観念も、同じように感覚を喚起するなら、知覚の対象が持っていて当然の、あの同じ実在に見える特権を保持しているはずです。宗教的な概念がこの実在感を触発できるものならば、批判されるようなことになっても、たとえ想像を絶するほど曖昧(あいまい)で馴染みのないものであっても、たとえカントが倫理神学の対象とした本性の点ではまったくの非・実体であるかもしれなくとも信じられることになるでしょう。
このような無差別の実在感が存在することを示す最も興味深い証拠は、幻覚体験にみつけることができます。幻覚が不完全なままであるというのは、よくあることです。幻覚に襲われた人が、室内に「だれかいる」と感じ、確かに位置がわかり、ある独特な形で向かい合い、言語を絶してリアルであり、多くの場合、唐突に現れて、唐突に消えます。それなのに、見えず、聞こえず、触らず、通常の“感覚”ではどんな形でも感知できないのです。現前することが特に宗教に関連するような対象に移るまえに、この場合の例を紹介しておきましょう。
わたしの親友のひとりは、わたしの知るなかで最高に鋭敏な知性の人に数えられますが、このようなことを何回か経験しています。その人は、わたしの問い合わせに応えて次のように書いて寄こしてくれました――
「これまでの数年間に何回か、わたしはいわゆる“ある存在の心象”を体験しています。多くの人たちがやはり『ある存在の心象』と呼んでいる別種のものがあり、わたしもこれまで非常に頻繁(ひんぱん)これを経験してきましたが、わたしの思うに、わたしの脳裏にある体験は、これとははっきり区別できるものです。わたしにとって、それら二組の体験の違いは、火元のはっきりしないほのかな熱気を感じるのと、通常の感覚がそっくり鋭敏なまま、大火災のまっただなかに立っていることとの違いほど大きいのです。
「最初の体験は、一八八四年の九月ごろでした。その前夜、大学の自室でベッドに入ったあと、腕をつかまれたと感じる鮮烈な幻触があり、そのために起き上がって、室内の侵入者を探しました。だが、いみじくも現存感覚といわれているものは、次の日の晩にありました。ベッドに入って、ろうそくを吹き消し、しばらく目覚めたまま、前夜の体験について考えていると、なにかが部屋に入ってきて、ベッドのすぐ間近にいると感じました。わずか一分間か二分間のできごとでした。それはいかなる通常の感覚でも感知されないのですが、それでも、それにかかわる凄惨(せいさん)不快な“感じ”がありました。それは、わたしの存在の根源にあるなにかを、ふつうのいかなる知覚よりも深く()き乱したのです。その感覚は、主として胸のあたり、とはいっても体内にとても大きく広がる猛烈な、命にかかわるような苦悶――それでも、その感覚は苦痛というよりむしろ嫌悪――といった質のものでした。その間ずっと、なにかがわたしのそばに存在し、その存在感は、わたしが知るかぎりの肉体をもつ生き物の存在よりも確かなものでした。それが出現したのと同じく、退去したのも意識しました。ほぼ瞬間的にドアを抜けていなくなり、“凄惨な感じ”は消えました。
「三日目の晩、横になってからも準備中の講義のあれこれで頭がいっぱいであり、さらに余念なく考えつづけていると、前夜、そこにいたものが(到来したときはわからなかったが)現実に存在し、“凄惨な感じ”がするのに気づきました。そこで、わたしは全精神を集中して、悪であるなら、立ち去れ、悪でないなら、自分がだれなのか、それともなになのかいってみろ、いえないなら、立ち去れ、どうしても追い払ってやるぞ、と説得に努めました。前夜のように、それは立ち去り、わたしの体はすみやかに普通の状態に回復しました。
「わたしの生涯で他にも二度、まったく同じ“凄惨な感じ”を体験しました。そのうちの一度は、たっぷり一五分間もつづきました。三つの例のすべてで、そこの外部空間になにかが立っているということの確かさは、普通の生きた人たちと身近に接しているときの普通の交わりの確かさよりも名状しがたく強烈でした。そのなにかはわたしのすぐ間近にいて、どのような普通の知覚よりも強烈でリアルに思えました。いうならば、そのなにかは、いわばわたしに似て、有限で、小さく、悲惨であると感じられましたが、なんらかの個性的な存在、または人格とは認められませんでした」
もちろん、このような体験は、宗教分野にはつながりません。それでも、場合によってはつながることもあります。いま紹介したのと同じ文通相手が、一再ならずの他の巡りあわせで、同じように強烈で唐突な現存感覚が出現したが、ただそのときは、その感じは上質の喜びに満ちていたとわたしに知らせてくれています――
「そこになにかあるという単なる心象だけではなく、そのものの支配的な幸福感と溶け合って、なにか名状しがたい善があるという驚くべき気づきがありました。曖昧(あいまい)でもなく、なんらかの詩、あるいは情景、あるいは花、音楽のもつ情緒的効果のようなものではなく、ある種の強大な人格が身近にいるという確かな知覚であり、それが立ち去ったあと、記憶はひとつの実在認知として残りました。他のすべては夢かもしれませんが、あれは夢ではありません」
おかしなことですが、わたしの友人は、この後者の体験を神学的に解釈せず、神の実在とは意味づけていません。だが、これを神格の存在の現われと解釈しても、ぜんぜん不自然ではないでしょう。神秘主義を扱う段階になれば、これについてさらに論じてみましょう。
こういう現象が奇異であり、みなさんが面食らうと悪いので、わたしたちが、明らかに自然な事実を扱っているのだということを示すためだけに、もっと短い、同じような話しを二つ、みなさんにあえて読んでお聞かせしましょう。一番目の事例は、『心霊現象研究協会〔*〕ジャーナル』からの引用であり――ここでは割愛しますが――実在感がたちまちのうちに明確な幻視に発展するものです。
Society for Psychical Research. 一八八二年に英国で、心霊現象や超常現象の真相を究明するための科学的研究を促進することを目的として設立された非営利団体〕
語り手は次のように話します――「わたしは二〇分かそこら読書していましたが、すっかり本に没頭し、心は完璧に平静であり、その間、友人たちのことはまったく念頭になかったのですが、一瞬の前触れもなく突然、わたしの全存在が緊張または活性状態の頂点にまで(たか)ぶったようであり、別の存在または実在が、室内どころか、わたしのすぐ間近にいると、体験のない人には想像しがたいほどの鮮烈さで気づきました。わたしは本を置いたのですが、すごく興奮していたわりには、とても落ち着いていて、どのような恐怖も感じていませんでした。姿勢を変えることもなく、まっすぐ火を見つめていると、なぜか、わたしの友人、A・H氏が、わたしの左(ひじ)のところ、だが背中のずっと後ろのほう、わたしが背を預けていたアームチェアに隠れているのがわかりました。姿勢を変えずに眼を少し動かすと、片方の足の下の部分が見えて、その人がしばしば着用していたズボンの薄紺色の生地を認めましたが、その素材は半ば透けて見えるらしく、濃くたちこめるタバコの煙を思わせました[24]――ここから、幻視がはじまります。
 [24] Journal of the S. P. R., February, 1895, p. 26.
もうひとりの資料提供者は次のように書いています――
「夜、とても早くわたしは目を覚ましました……故意に起こされたように感じ、はじめ、だれかが家に押し入ったのだと思いました……そこでふたたび眠ろうとして、寝返りをうつと、間をおかず、部屋のなかになにかいる存在の意識を感じたのですが、おかしなことに、それは生きた人間のものではなく、霊的な存在の意識でした。笑われるかもしれませんが、わたしの身におこった事実を告げるだけです。霊的な存在の意識を感じたと率直に述べる他に、わたしの感じた知覚を表現できません……それと同時に、なにか奇妙で恐ろしいことが起ころうとしているというような、迷信めいた恐怖も感じました」[25]
 [25] E. Gurney: Phantasms of the Living, i. 384.
ジュネーヴのフルールノア教授が、彼の友人であり、自動または無意識筆記の才能に恵まれた女性による、次のような証言をわたしに提供してくれました――
「自動筆記をするとき、これは潜在意識下の自我のせいではないといつも感じるのですが、それはわたしの体外にある異質な存在を常に感じるからです。ときには、その存在の特徴がくっきりしていて、正確な位置を指で差すことができるほどです。この存在の印象は表現不可能です。告白筆記の出所である人物により、その存在の強さや明瞭さはさまざまに違います。わたしの好きなだれかであれば、筆記がはじまるまえに、ただちにそのように感じます。わたしのこころがそれを知るようなのです」
以前のわたしの本で、わたしは目の見えない人が感じた存在の興味深い事例について詳しく論じました。その存在は、霜降り柄のスーツを着た白髭の男の姿をしていて、ドアの下の隙間から押し入って、床を横切り、ソファへと移動しました。この幻覚様の体験をした目の見えない人は、抜群に知的な報告者でした。彼には内的な視覚イメージがまったく欠けていて、光や色を理解することもできませんが、聴覚など、他の感覚はこの擬似知覚にかかわっていなかったと確信していました。これは、むしろ、実在感と空間的外部性を直接的に伴った抽象概念――つまり、完全に具体化され、外面化された心像――であったようです。
引用するにはつまらない他のもありますが、このような事例は、わたしたちの精神構造には、特定の感覚がもたらすものよりも拡散的で雑多な現存感覚があることを申しぶんなく証明しているようです。心理学者にとって、そのような感覚が宿る器官を探すのは――わたしたちの筋肉に活動のためにそれ自体を刺激している感触があるとすれば、筋肉感覚と結びつけるほどに自然なことはないのでしょうが――厄介な問題になるでしょう。このようにわたしたちに行動を促すもの、あるいは――わたしたちの感覚の最も一般的な作用――“鳥肌をたたせる”ものはなんであれすべて、たとえ抽象的な観念にすぎなくても、実在し、現存しているように見えるのかもしれません。だが、目下のところ、わたしたちの関心は、身体に占める位置ではなく、機能にあるので、このようなあやふやな憶測はわたしたちの関心事ではありません。
意識の肯定的な作用はすべてそうですが、現実感には、非現実感という形の否定的な片割れがあり、これに人は悩み、ときに不平を漏らしたりもします――
「天上界の異変のたわむれに宇宙を自転して巡る球体のうえに偶然に生まれてしまったという事実をつらつら考えるとき」と、アッカーマン夫人Louise-Victorine Ackermann1813-90)フランスの詩人〕は語りました。「わたし自身と同じように短命で不可解な存在に自分は囲まれていて、すべてが紛れもない妄想を夢中になって追いかけていると気づくとき、わたしは夢のなかにいるという奇妙な感じを経験します。わたしには、まるで夢のなかで愛し、苦しみ、そしてやがて死ぬように思えます。わたしの末期のことばは『わたしは夢を見ていた』というものになるでしょう」[26]
 [26] Pensees d’un Solitaire, p. 66. 〔『隠遁者の思い』〕
病的な(うつ)のさい、この事物の非現実感がどれほどこころを(むしば)苦痛になりうるか、また自殺にまでつながりかねないか、わたしたちは別の講義のときに検討することにします。
きわだって宗教的な体験領域において、(人数まではいえなくても)多くの人びとが、知性が真であると認める単なる概念の形ではなく、じかに理解される擬似感覚的な実在の形で、かれらの信仰の対象をもつのは、いまでは確かなことといえるでしょう。これら対象の実在感が変動するにつれ、信じる者の信仰も冷たい熱いのあいだで上下します。抽象的に説明するよりも、他の例をあげるほうが納得していただけるでしょうから、ただちにいくつか引用してみましょう。最初の例は、否定的なものであり、問題になっている感覚の喪失を嘆いています。次の文は、知り合いである科学的な男性がわたしに寄せてくれた、信仰生活についての回答から抜粋したものです。わたしにとって、これは、実在感が、世にいみじくもいう知的操作であるよりも、感覚に近いなにかであることを明確に示していると思われます――
「二〇歳から三〇歳のあいだ、わたしはしだいに不可知論者になり、不信心になりましたが、それでも、現象の背後にある絶対的実在に関して、ハーバート・スペンサーHerbert Spencer1820-1903)英国の哲学者、社会学者〕が実にうまく叙述する例の『漠然(ばくぜん)とした意識』を失ってしまったとまではいえません。わたしは子どもじみた神へのお祈りをしなくなり、定められた作法でに祈ったこともあいませんが、それでも、ごく最近の体験によって、わたしがと関係していたことがわかり、これは実質的に祈りと同じものですので、わたしにとって、この実在はスペンサー哲学のいう純然たる不可知存在ではありません。悩みごとがあるといつでも、とりわけ家庭内や仕事で他の人たちともめたとき、あるいは落ちこんだり、心配ごとがあったりしたとき、この基本的な宇宙規模のと自分が結んでいると感じていた関係に、わたしは支持を頼っていたのだと、いまわかるのです。格別な悩みごとがあると、神がわたしの側にいたとでも、わたしが神の側にいたとでも、お好きなようにいってもよいのですが、その支えとなる根源的な存在を感じると、わたしは強くなり、無限の活力を与えられました。じっさい、神は生きた正義、真実、強さの涸れることのない源泉であり、弱さを感じたとき、わたしは神に救いを無意識に求め、神はいつもわたしを抜けださせてくれました。後年になって、神との交感による力が離れ、わたしはあくまでもはっきりした喪失を思い知らされていますので、いま、わたしは神との個人的な関係を結んでいたのだとわかります。神に頼ると、神が見つからないということはなかったのです。やがて、時によっては神が見つかるといった時期が到来し、それが数年間つづき、さらにその後、神との接触が完全にかなわなくなりました。ベッドで横になっても、心配で寝つけなかった幾多の夜をわたしは思い出します。暗闇のなか、わたしは展転と寝返りをうち、祈りを唱え、いつも身近にいて、回路をつなぎ、救いを与えてくれていた、わたしの心のなかの、あのより高いこころの親しい感覚をこころで探し求めましたが、電流は流れませんでした。神はなく、空虚のみでした。なにも見つけられません。五〇歳になろうとしているいま、神と接触するわたしの力はわたしを完全に離れました。偉大な救いがわたしの人生から去ったと告白しなければなりません。生は奇妙にもしおれ、味気なくなりました。いま、わたしは、わたしの古い体験はたぶん正統派のいう祈りとまさしく同じものであり、神をその名で呼ばなかっただけであると理解できます。わたしのいう『神』は、実質的にスペンサーの不可知存在ではなかったのですが、わたし自身の直感的で個人的な神であったのであり、わたしはより高い共感を神に求めていたのですが、なぜかわたしは神を失ってしまったのです」
宗教者の伝記を開けば、信仰が活気に満ちている時期と困難な時期とが交互に到来していると書いてあるのはごく普通のことです。おそらくすべての宗教的な人は、より直接的な真実のヴィジョン、たぶん生きた神の存在の直接的な理解が圧倒して、もっと平凡な信仰の退屈さを克服する格別な危機の記憶をもっています。ジェームス・ラッセル・ローウェルJames Russell Lowell1819-91)米国のロマン派詩人、外交官〕の書状に、次のような短い体験録が記されています――
「先週の金曜日の夕刻、わたしは啓示を得ました。わたしがメアリーのお宅にいて、(前に述べたように、わたしがしばしばなんとなく気づいていた)霊の実在について、たまたまなにか話していると、プトナム氏が割って入り、わたしと霊的な事柄について議論になりました。わたしが話していると、雲をつかむような運命が奈落の底から現れるようにして、宇宙全体がわたしの前に立ちあがりました。わたしの内部と私のまわりに神の御霊(みたま)をこれほどはっきりと感じたことはそれまでありませんでした。部屋全体が神で満たされたように思えました。わたしが正体を知らないなにかの存在のため、空気は前後に揺らいでいました。わたしは預言者の平静さと明晰(めいせき)さをもって話していました。この啓示がなんであったのか、わたしはあなたに語ることができません。神をまだじゅうぶん研究していません。だが、いつの日か、わたしは研究を終えるでしょう。そのとき、あなたは神について聞き、その壮大さを認めることになるでしょう」[27]
 [27] Letters of Lowell, i. 75.
聖職者の手書き書簡――スターバックの手稿コレクションからの引用――に、もっと長文の、もっと発展した経験の報告があります――
「わたしの魂が、いってみるなら、無限なるものへと広がり、内界と外界ふたつの世界が瞬時に融合したあの夜、そして丘の頂上のほぼ正確な位置をわたしは憶えている。それは深みに向けた深い呼びかけだった――わたし自身の苦闘が内部に開いた深遠が、星ぼしのかなたに届く、測りしれない外部の深遠に応答されていた。わたしは、わたしを、世界のすべての美を、愛を、悲しみを、そして誘惑さえもお造りになった彼とともに、ひとり立っていた。わたしは彼を求めなかったが、わたしの霊が彼の霊と完全に同調していることを感じていた。まわりのものごとに対する通常の感覚は失せていた。さしあたって名状しがたい愉悦(ゆえつ)歓喜の他はなにも残らなかったその体験を完全に説明するのは不可能である。それはなにかの偉大なオーケストラの演奏にも似て、個この音がひとつのハーモニーに溶けこんで(ふく)れあがり、聴くものは自分の魂が吹きあげられ、魂自体の興奮でほとんど爆発しそうになるのを意識するほか、なにもかも忘れていた。夜の完全な静けさは、もっと荘厳な沈黙の興奮で震えていた。暗闇は、見えないがためになおさら感じられる存在を支えていた。わたしがいるよりもむしろがそこにいることをわたしはもはや疑いえなかった。じっさい、もしありうるとすれば、二者のうちでわたしのほうがより非現実的であると感じていた。
「そのとき、神への最も深い信頼、神についての最も正しい考えがわたしのうちに生まれた。そのとき以来、わたしはヴィジョンの山のうえに立ち、わたしの周囲に永遠なるものを感じている。だが、その後、まったく同じこころの感動は訪れていない。だからわたしは、ありうるとすればあのときこそ、神に面と向かって立ち、神の霊によって新たに生まれたのだと信じる。思い起こせば、思想の、また信念の唐突な変化があったわけではなく、若いころの粗雑な考えが、いわば一気に花開いただけだった。以前のものが破壊されたのではなく、急激に、またみごとに展開したのである。あのとき以来、わたしが耳にした、神霊の実在の根拠に関する議論のどれも、わたしの信仰を揺るがしえない。いったん神の御霊(みたま)の臨在を感じたからには、久しくそれを失うことはなかった。彼の実在をこのうえなく心強く示すわたしの(あか)しは、あの至高の体験の記憶にある、あのヴィジョンのときに、そして、書を読み、黙想して得た、神を見つけた人すべてに同じことが起こったという確信に深く根ざしている。わたしは、当然、それが秘教的と名指されるかもしれないことと承知している。とやかくいわれても、わたしはそれを弁護できるほどには哲学に通じていない。それについて書くうちに、わたしはことばでそれを覆ってしまい、あなたの思いにそれを明晰(めいせき)に伝えていないと感じている。だが、つたないままに、いまのわたしにできるかぎりの注意を払って、それについて書いてみた」
次のものは、特徴がさらに明確ですが、筆者がスイス人ですので、フランス語の原文から翻訳したものです。[28]
 [28] フルールノア教授の許可を得て、その豊かな心理学資料コレクションから拝借。
「わたしは申しぶんなく健康だった。わたしたちの徒歩旅行は六日目となり、順調だった。一昨日には、シクトを発ち、ビュエを経てトレント〔北イタリアの都市〕に到っていたが、わたしは疲れや飢え、渇きも知らず、精神状態は同じように良好だった。フォルラで自宅から吉報を受け取っていた。わたしたちには優秀なガイドがついていて、これからたどる道程には不安の兆しさえ見えなかったので、わたしには、身辺にも遠方にも、まったく心配することはなかった。わたしの状況は、落ち着いた状態とでも呼ぶのが最もふさわしかった。まったく唐突に、わたしはわが身が上方に()げられる感覚を経験し――わたしは、自分が意識したままに記しているのだが――神の実在を感じたのであり、まるで神の善と力とがわたしを完全に貫いたかのようだった。感動のときめきがあまりにも荒あらしく、わたしを待っていないで、先に行ってくれ、とようやく仲間たちにいえただけである。もはや立っておられず、石のうえに座りこみ、目からは涙があふれでた。わたしは、人生の旅路において、神がわたしに神を知るように教えたもうたこと、わたしの命を支え、わたしのごとき取るに足りない被造物、罪ある者に憐れみをかけたもうたことを神に感謝した。わたしの人生が神の御旨(みむね)をおこなうことに(まっと)うされますようにと熱心懇願(こんがん)した。その日その日、慎ましさと貧しさのうちに神の御旨をおこない、いつ日か、人目につく形で(あか)(びと)となるように召されるかどうかの判断を全能の神に委ねなさい、と神がお答えになったとわたしは感じた。すると、ゆっくりエクスタシー〔人間が神と合一した忘我の境地〕がわたしのこころを離れた。わたしは、神が(たまわ)られた交わりから神が離れられたと察し、歩けるようになったが、内心の興奮に強くとらわれたままだったので、歩みはとてものろかった。おまけに、数分の間、邪魔されずに涙を流していたので、両目が腫れあがったままであり、旅の仲間たちに顔を見られたくなかった。そのときは長くつづいたように思えたが、エクスタシーは、四、五分間のできごとであったようだ。仲間たちはバリヌの四つ辻で一〇分間わたしを待っていたが、わたしの憶えているかぎりでは、約三〇分待たされたといっていたので、彼らに追いつくのに二五ないし三〇分かかったのかもしれない。あの印象はあまりにも深遠だったので、わたしはゆっくり坂を上りつつ、シナイ山上のモーセ〔出エジプト記19以降〕でさえ、あれ以上に親しく神と交感することがありえただろうか、と自問したほどだった。わたしのこのエクスタシーにおいて、神には、形も、色も、香りもなく、味もなかった、とここに付記しておくのが適当であろうとわたしは思う。さらに、神の臨在の感覚には、限定的な局在感がなかった。むしろ、超自然的な霊の臨在によって、わたしの人間性が変容させられたかのようだった。だが、この親密な交わりを表現するために、ことばを探せば探すほど、わたしたちのいかなる日常的なイメージを用いても、このできごとを描写するのは不可能だ、といよいよ強く感じるのである。根本的には、わたしの感じたことを描写するための最善の表現は次のとおりだろう。神は、目には見えなくとも臨在した。神は、わたしの五感のどれにもとらえられなかったが、わたしの意識が神を悟ったのである」
形容詞「神秘的」は、厳密にいえば、たいていの場合、短期的な状態を表すために用いられます。いま例にあげた二人の人物が描写するような歓喜のときは、もちろん神秘的な体験であり、これについては、のちほどの講義でさらに言及しなければならないでしょう。さて、ここで、明らかに生まれつき燃えるような敬神の素質をもつ精神が神秘的または半神秘的な体験をした記録の抜粋があります。わたしはこれをスターバックの資料集からお借りしました。筆者の女性は、生前、反キリスト教作家として有名人だった人物の娘さんです。彼女の回心体験の唐突さは、ある種の精神にとって、神の現存の感覚がいかに天性の資質であるかをよく示しています。彼女が語るには、彼女はキリスト教の教義をまったく無視する環境で育てられたが、ドイツに滞在したさい、キリスト教徒である友人らに説かれて、聖書を読み、祈っていると、ついには、救済の計画が光の流れのように彼女のうえにひらめいたのです。彼女は次のように書きます――
「わたしは、いまにいたるまで、宗教や神の命令といちゃつくなどということを理解できない。わたしを召される父なる神の号令を聞いたその瞬間、わたしのこころは感謝の気持ちで弾んだ。わたしは走り、わたしは両手を前に突きだし、わたしは『わたしのお父さま、ここ、わたしはここよ』と大声で叫んだ。おお、しあわせな子ども、わたしはなにをすべきなのでしょう? 『わたしを愛しなさい』とわたしの神は答えた。『愛するわ。愛するわ』とわたしは情熱的に叫んだ。『わたしのほうへ来なさい』とわたしの神は召された。『そうします』といって、わたしの心はあえいだ。わたしは足を止めてひとつでも質問をしただろうか? いや、ひとつも。わたしはじゅうぶん善良かと聞いたり、わたしなんてふさわしくないとためらったり、わたしの思うような神の教会を見つけたり……あるいは、わたしが満ち足りるまで待ったりとか、そのようなことはわたしには起こらなかった。満足! わたしは満ち足りていた。わたしはわたしの神とわたしの父なる神を見つけたのではなかったのか? 神はわたしを愛されなかったのか? 神はわたしを召されなかったのか? わたしが入っていく教会はなかったのか?……そのとき以来、わたしは祈りへの直接回答を得てきた――とても意味あること、ほとんど神と対話し、神の答えをいただいているようなものだ。神は実在するという思いは、一瞬たりともわたしから離れたことはない」
さらにもうひとつ事例があります。書いた人は二七歳の男性で、その経験はたぶんほぼ同じように独特なのでしょうが、描写にいくらか精彩が欠けます――
「わたしは、多くのおりに神との親密な交わりの時期を享受したと感じてきた。これらの出会いは、願ったり予期したりしなくとも到来し、通常はわたしの生活を囲み覆っている慣習が一時的に(ぬぐ)い去られたときにだけ成立するようだった……それは、かつて高山の頂からが刻まれ波打つ景観が水平線の円弧まで広がる海に達するのを見渡していたときのことだったし、また別のおり、同じ地点から、わたしの眼下に果てしなく広がる白雲のほか、なにも見えず、雲の風に吹かれる表面からは、わたしのいる山頂も含めて、いくつかの高い峰が(いかり)を引きずるようにして突き出ていたときのことだった。このようなおり、わたしが感じたのは、わたし自身の主体性の一時的な消失であり、それにはわたしが人生に加えてきたものよりも深い意義を啓示する光が伴っていたことである。このことにこそ、わたしは、自分は神との交わりを享受してきたといっても正当化しうる根拠を見出す。このような存在の欠如は、もちろん混沌(こんとん)であろう。わたしにとって、その存在を欠いた人生は考えられない」
スターバック教授の手稿コレクションにある、次のような実例は、習慣的であり、いわば慢性的な感じの神の臨在がどんなものか、理解するのに役立つかもしれません。これは四九歳の男性からのものであり――たぶん何千人もの気取らないキリスト教徒がほぼ異口同音の説明を書くことでしょう――
「わたしにとって、神は、いかなる思想、事物、人物よりも実在感がある。わたしは神の存在を明確に感じ、わたしの体と心に書き込まれている神の律法と親しく調和して生きれば生きるほど、わたしは、陽光のなか、雨のなかに神を感じる。快い安息と混じりあった畏敬の念が、わたしの思いに最も近い表現である。祈りと拝礼では、わたしは友に対するように神に語りかけ、わたしたちの交わりは愉快なものである。再三、神はわたしに答え、言葉が明確に語られ、わたしの外的な耳がその口調を伝えたように思えることも多いが、たいがい強い精神的印象として伝えられる。通常、聖書の言葉であり、神の新しい考えかた、わたしに対する神の愛、わたしの安全に対する神の配慮が明かされる。学校問題、社会問題、金銭的困難などについて、わたしは何百もの例をあげることができる。神はわたしのもの、わたしは神のものということは、わたしを離れることがなく、それが変わらぬ喜びである。これがなければ、人生は、空白であり砂漠、寄る辺ない人跡未踏の荒野となるだろう」
さまざまな年齢や性別の書き手による実例をさらにいくつか追加してみましょう。やはり、スターバック教授のコレクションのものであり、その数は膨大(ぼうだい)になります。次にあげる最初の例は、二七歳男性のものです――
「わたしにとって、神はまったくの現実存在である。神に語りかけると、しばしば答が得られる。神に指示を仰ぐと、わたしが思っていたものとは異なる唐突な考えがこころに浮かぶ。一年あまり前の何週間か、わたしは極度の難局にあった。困難がわたしの面前に持ちあがった当初、わたしは茫然(ぼうぜん)自失していたが、ほどなく(二、三時間後)『わたしの恵みはあなたに十分である』〔コリントの信徒への手紙二129〕という聖書の一句が耳にはっきり聞こえた。わたしの思いが困難に向かうたび、この引用句を聞くことができた。神の存在を疑ったり、わたしの意識から神を欠落させたりしたことはないとわたしは思う。神は頻繁(ひんぱん)にわたしの問題に非常に知覚できる形で介入し、いつでも、こまごまとした多くの指図をなさっているとわたしは感じている。だが、二度か三度、神はわたしの野心や計画とは非常に相反する道をわたしに指示したことがある」
もうひとつの記事は(決定的に子どもじみてはいますが、心理学的に価値が低いということはなく)、一七歳の少年が書いたものです――
「教会に行くとときどき、わたしは座って、礼拝に参加しますが、退出する前、神がわたしとともに、わたしのすぐそばにいて、わたしと一緒に詩篇を読んだり歌ったりしていると感じます・・・・・・するとまた、わたしは神のそばに座り、神に腕を回して、神にキスする、などとできるかのように感じます。祭壇で聖餐(せいさん)を受けるとき、わたしは神と一緒になるように努め、たいがい神の存在を感じます」
次に、無作為にいくつか続けてみましょう―― 
「神は物理的な大気のようにわたしを取り巻いている。神はわたし自身の息よりも身近である。文字どおり神のなかに、わたしは生き、動き、わたしの存在を維持している」――
「わたしが神ご自身の臨在のうちに立ち、神に話しかけているように思える時があります。祈りへの回答が、ときには直接的で圧倒的に神の実在と全能の啓示のうちに与えられます。神が遠く離れていると思えるときがありますが、それはいつもわたしの過ちのせいです」――
「わたしの頭上に舞う、強力であり、また同時に慰めとなる存在の感覚をわたしはもっています。時には、その力強い両腕がわたしを包みこんでいるようです」
こういうのが存在にまつわる人間の想像であり、こういうのが想像の産物の説得力なのです。想像を絶した存在が現実のものとされ、ほとんど幻覚と同じ強さで実在化されます。そのような存在がわたしたちの生きかたにかかわる態度を左右するわけですが、それは、恋人たちのそれぞれが、この世に恋の相手が生きているという不断の思いに取り付かれ、それによって生きかたにかかわる態度が左右されているのと同じぐらい決定的です。みなさん、よくご存知のように、恋する男たるものは、別のことに気を取られ、恋人の姿かたちを思っていないときでさえ、(あこが)れの君はこの世界にいると思っているものです。恋する男は恋人を忘れられません。いついかなるときも恋人はあくまでも魅了します。
わたしはこのような実在感の確信させる力について語りましたが、この点に関してもう少し論じなければなりません。この実在感には、それを感じる当人にとって、知覚しうるものの直接体験と同じほどの納得させる力があり、また概してその説得力は単なる論理のみで証明する結果のそれよりもずっと強いのです。なるほど、まったくこれなしにすませられるかもしれません。おそらく、聴講のみなさんのうち、これをいささかも持たない人は一人や二人ではないでしょう。だが、実在を感じるなら、いやしくも強く感じるなら、みなさんはこれを真理の紛れもない知覚であり、一種の現実の啓示であるとみなさないわけにはいかず、なんと論難されようとも、ことばでは答えようがなくとも、信念を捨てることはできません。哲学の分野における神秘主義に反対する見解は、ときに合理主義として語られています。合理主義の立場では、わたしたちのあらゆる信念は最終的にそれ自体の根拠を見つけるべきであると主張します。合理主義にとって、そのような根拠は次の四つの要件で成り立たなければなりません。すなわち、(1)明確に説明できる抽象的原則、(2)知覚しうる明確な事実、(3)そのような事実にもとづく明確な仮説、そして(4)論理的に引き出せる明確な推論です。合理主義的体系のプラス面を見れば、あらゆる哲学上の果実だけでなく、自然科学も(ほかのよいものと同じく)その成果なので、これは確かにすばらしい知の傾向なのですが、定義できないものの漠然とした印象は、そこに受け容れられる余地がありません。
それでも、あるがままの人間の精神生活の全体、学習や科学とは別に人間の内部にあって、人間が内面的かつ個人的に営んでいる生きかたを見つめれば、合理主義で説明できる部分はかなり皮相的なものであるといわざるをえません。それは多弁であり、みなさんに証拠を要求し、理屈をこね、みなさんをことばで追い詰めますので、疑いなく威勢のいい部分です。それでもやはり、沈黙の洞察がその結論に反するなら、みなさんを信服させたり転向させたりできないでしょう。みなさんにいやしくも洞察があるとすれば、それは、合理主義が巣食う口数の多いレベルよりも深く、みなさんの本質のレベルから出てくるのです。みなさんの潜在意識的な生、みなさんの衝動、みなさんの信仰、みなさんの要求、みなさんの勘が、根拠を用意したのであり、いまやみなさんの意識はその根拠の結果の重みを感じているのです。また、どれほど巧妙なものであっても、その結果に反する理屈好きな合理主義のおしゃべりよりも、その結果のほうが真実でなければならないとみなさんの内部にあるなにものかが断固として知っているのです。合理主義が宗教賛成論を説く場合でも、反対論を説く場合でも、合理信仰論の基礎として、このように合理主義レベルが劣っていることはやはり明白です。自然界の理法に見る神の存在の証拠に関する、あの膨大な数の書物は、一世紀前、圧倒的な説得力を誇っていたようですが、今日では、わたしたちの世代が、その文献が論じた類いの神を信じるのをやめてしまったという単純な理由により、図書館でもっぱら(ほこり)をかぶっています。わたしたちがなぜ知っているかは、他人に対しても、わたしたち自身に対しても、ことばでは明らかにすることはまったくできませんが、神がどのような類いの存在であっても、わたしたちの祖父たちがあれほど満足を感じていた神の“栄光”を明らかにすることを意図した“仕掛け”の外的な発明者では二度とありえないことを、今日のわたしたちは知っています。神が存在するとすれば、彼はあの存在よりも宇宙的であり、悲劇的な人格であるとする、みなさんの宗旨については、ここにいるみなさんのうちのどなたにも完全には説明できないはずだとわたしは思います。
真相としては、形而上学および宗教の領域において、明瞭な理性は、現実に対する不明瞭な感覚が同じ結論に有利なように認識される場合にのみ、わたしたちに説得力があるのです。そのとき、ほんとうに、わたしたちの直感とわたしたちの理性とが一致協力し、仏教やカトリック哲学のような、世界を律する偉大な体系が育つのです。わたしたちの衝動的な信仰は、ここでは常に真理の原初的な根幹を設定するものであり、わたしたちの明瞭に言語化された哲学は、人目を引く定式への翻訳であるにすぎません。理にもとづかない直感的な確信は、わたしたちのうちにある深いものであり、理にもとづく論議は表面的な展示物にすぎません。直感が先導し、知性は後追いするにすぎません。わたしの引用例にならって、ある人が生きた神の存在を感じるなら、みなさんの批判的な論議がどれほど優れていようとも、その人の信仰を変えようとするのは無駄というものです。
だが、ご留意をお願いしたいのですが、宗教の領域において潜在意識的で非合理的なものがこのように首位に立つのがよいことであるとはわたしはまだいっていません。わたしは、そういうものが首位に立っていることを事実として単純に指摘するだけにしておきます。
信仰対象にまつわるわたしたちの現実感については、これぐらいにしておきます。ここで、この信仰対象が典型的に促す態度についてもうひとこと、簡潔に述べさせていただきます。
それが厳粛なものであることは、すでにわたしたちにわかっています。その最も顕著なものは、絶対的な自己放棄による極端例という結果を招きかねない類いの喜びであると考える理由も見ました。降伏の対象となるものの種類の感覚は、喜びの厳密な性格を決定するうえで重要な役割を果たしています。また、現象全体が複雑であり、単純な公式には収まりません。この主題に関する文献では、悲しみと喜びとが交互に強調されています。神がみの最初の創造主は恐怖であったという昔からの言い伝えは、宗教史のあらゆる時代をとおして、大いに補強されています。それでもなお、宗教史は喜びが演じる役割をさらに多く示してきました。時には、喜びが首位に置かれます。時には、第二位に恐怖からの解放のうれしさが置かれます。後者の状態は、より複雑であり、またより完全なものなのです。講義を進めるにつれて、要求される寛大な見解をもって宗教を見つめるなら、わたしたちには、悲しみと喜びとのどちらをも無視することを拒むだけの理由がどっさり見つかることになるとわたしは思います。可能なかぎり完璧なことばで述べれば、人間の宗教は、その人の存在の収縮の傾向と拡大の傾向との両方を伴っています。しかし、これらの傾向の量的配分や順序は、世界の時代により、思想の体系により、個人個人により、とても大きく異なっていますので、みなさんは、ことの本質として、不安や服従を主張してもよいし、平安や自由を主張してもよいのであって、どっちであっても実質的に真実の限界内にとどまっておられるのです。体質的に陰気な観察者と体質的に陽気な観察者とでは、対象を目の前にして相反する側面を強調せざるをえないのです。
体質的に陰気な宗教者は、彼の宗教的平安さえをも非常に抑制されたものとします。いまなお危険があたりの空中に漂っています。屈折と収縮は完全には抑えられていません。救済されたとしても、弾けるように笑いさざめいたり踊りまわったりして、枝で(ねら)っている鷹をすっかり忘れてしまうのは、小雀や子どもの所業になります。身を低めるのです。むしろ、身を低めるのです。あなたは生ける神の手のうちにあるのですから。たとえば、『ヨブ記』では、人間の無力と神の全能がもっぱら著者の心の重荷になっていました。「高い天に対してなにができる。深い陰府(よみ)についてなにを知る」〔ヨブ記11-8〕 この信念の真実には、ある種の人たちが感じとれる苦い味わいがあり、また彼らにとっては、これは宗教的な喜びにいたる道に程近いものなのです。
あの冷徹なまでに誠実な作家、『マーク・ラザフォード』の著者〔ウィリアム・ヘイル・ホワイトWilliam Hale White1831-1913)英国の作家〕は次のようにいいます――
「ヨブ記において、神は、人間が彼の創造の尺度ではないことをわれわれに思い起こさせる。世界は巨大であり、人間の知力が把握できる計画や理論にもとづいて建造されているのではない。世界はどこもかしこも超越的である。これが、ヨブ記のあらゆる章句の趣旨であり、秘密がひとつあるとしたら、秘密なのだ。満足するにしろ不満足であるにしろ、他にはなにもない……神は偉大であり、われわれには神のはからいを知るよしもない。神はわれわれのもつものを取り上げるが、それでも、われわれが忍んでわれわれの魂を保つなら、影の谷を通りすぎ、ふたたび陽光のうちに出るかもしれない。そうかもしれないし、そうでないかもしれない!……二五〇〇年を超える昔、神が旋風のなかから語ったからには、いま、われわれが語るべきことは他になにがあるのだろうか?」[29]
 [29] Mark Rutherford’s Deliverance, London, 1885, pp. 196, 198.
それにひきかえ、陽気な観察者に目を転じると、重荷がすっかり取り除かれ、危険が忘れ去られなければ、救済は不完全であると感じられるということに気づきます。こういう観察者は、これまで述べてきたような陰気な精神にとって、宗教的平安を単なる動物的な喜びとはまったく違ったものにする厳粛さをことごとく無視すると思えるような定義をわたしたちに示します。ある作家たちの意見では、犠牲や降伏の気配がなくても、腰をかがめたり頭を下げたりしなくても、なんらかの態度は宗教的とされうるのです。いかなるものであれ「慣習化され定式化された賛美は、宗教と呼ばれるに値する」[30]とJ・I・シーリー教授John Robert Seeley1834-95年)ケンブリッジ大学の歴史家。『英国膨張史』著者〕は言います。したがって、わたしたちの音楽、わたしたちの科学、わたしたちのいわゆる「文明」も、これらのものがいまでは組織化され、熱烈に信じられていますので、わたしたちの時代の純正な宗教をいよいよ形成しているのです。確かに、ホチキス銃などに訴えて、わたしたちの文明を“低級”な民族にもたらさなければならないとする、ためらいも合理もない考えかたは、剣によって宗教を広めんとする古のイスラム精神そのものを思い起こさせます。
 [30] (わたしにすれば、あまりにも読まれていない)彼の著書、Natural Religion, 3d edition, Boston, 1886, pp. 91, 122からの引用。
前回の講義で、ハヴロック・エリス氏のウルトラ極端論、笑いは魂の解放を(あか)するので、いかなる類いの笑いも宗教行為と考えてもよいとする見解をみなさんに紹介しました。これを紹介したのは、その妥当性を否定するためでした。だが、いまや、この楽観的な思考様式全体をもっと慎重に扱わなければなりません。無造作に決めつけるには、あまりにも複雑なのです。そこで、次からの二回の講義のテーマを宗教的楽観主義とすることにします。
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